臨床薬理学の基礎(Pharmacokinetics and Clinical Pharmacology) 


最初に、薬理学総論(General Principles)を一読してから、この章をお読み下さい。ここでは、実際の添付書類に記載されている薬物動態の各種パラメータや図を利用して、薬物を投与したときの血中濃度を推定する計算例を示す。

治療薬は、単回投与よりも反復投与する場合が多いし、また点滴により持続注入することが多いので、これらを中心に述べる。自分で実際に計算をして確かめて欲しい。計算にはExcelを用いるとよい。

例題1: 気分障害治療薬(Drugs for Mood disorders) の添付書類より

炭酸リチウム(Li2CO3, MW=74)は、躁病治療薬で、100mgと200mg錠剤が市販されている。
添付書類(大正製薬)に、200mgを経口単回投与したときのパラメータが以下のように記載されている。

Cmax

Tmax

T1/2

AUC

F

0.22 mEq/L

2.6 hr

14.7 hr

2.26 mEq*hr/L

0.85

Cmax:最高血清中濃度、Tmax:最高血清中濃度到達時間、F:生体利用率

今、躁病患者に、投与量(D)=800mgを、12時間ごとに経口投与する時、次の質問に答えよ。

1)炭酸リチウムのVdを求めよ。

みかけの分布容積(Vd)と 排泄速度定数(Ke)は以下の数式で表される。

AUCはmEq/Lで表されているので、mg/Lに変換する。
(Ans) Vd=0.85*200/(0.693/14.7)/(2.26/2*74)=43.3 L

2)血中濃度の定常状態は、およそ何時間後に得られるか?

反復投与で、定常状態は、半減期の4~5倍で得られる。 
(Ans) 14.7*5=73.5時間 =3日間

3)投与間隔τ=12時間での定常状態における、炭酸リチウムの最大血中濃度(ピーク値、Cpk)、最小血中濃度(トラフ値、Ctr)および平均血中濃度(Cav)を計算せよ。

次の数式を用いる。


   

(Ans)
Cpk=36.5 μg/ml =0.99 mEq/L
Cav=27.9 μg/ml =0.75 mEq/L
Ctr=20.7 μg/ml = 0.56 mEq/L

4)躁病治療の有効血中濃度は、0.3~1.2mEq/Lであるが、この投与量で治療効果が得られるか?

(Ans) Liは2分子含まれているので、平均血中濃度は、27.9/74*2=0.75 mEq/L、最高濃度は0.99 mEq/Lと計算されるので、この濃度は有効量である。

5)血中濃度モニタリング(TDM)について

薬物の血中濃度と、治療効果あるいは有害反応の間に相関関係があるので、薬物を適正に使用するために、血中濃度モニタリング(TDM、therapeutic drug monitoring)が特定の薬物で行われている。また、患者のコンプライアンスを知ることもできる。

TDMが必要とされる薬物の条件を挙げる。

a)血中濃度と薬物効果あるいは有害反応との間に明らかな相関がある薬物
b)治療域と中毒域が接近しており、安全域が狭い薬物
c)薬物体内動態に、個人差が大きい薬物や、変動や非線形性のある薬物
d)薬物相互作用のある薬物
  

TDMが行われている薬物の代表例を挙げる。

抗そう薬:炭酸リチウム(lithium carbonate)、抗てんかん薬:フェニトイン(phenytoin), フェノバルビタール(phenobarbital)、強心薬:ジゴキシン(digoxin)、抗不整脈薬:lidocaine, プロカインアミド(procainamide)、気管支拡張薬:テオフィリン(theophylline)、抗生物質:ゲンタマイシン(gentamicin), バンコマイシン(vancomycin), amikacin、免疫抑制薬:シクロスポリン(cyclosporine) など。

例題2: 高血圧治療薬(降圧薬、Antihypertensive drugs)の添付書類より

アムロジピン(amlodipine)は、持続性Ca拮抗薬であり、2.5mgと5.0mg錠剤が市販されている。その添付書類(住友製薬)には、以下の図1と図2、および表が記載されている。


図1


投与量

Tmax

Cmax

AUC

5.0 mg

7.7 hr

3.39 g/mL

178.2 ng*hr/mL


1)図1は、高血圧治療薬のアムロジピン(amlodipine)(持続性Ca拮抗薬)を、5.0 mg経口単回投与したときの血中濃度の推移である。アムロジピンの半減期を求めよ。また、体クリアランス(Clb)を求めよ。

Clb=Ke*Vd を利用する。また、F=0.7と仮定する。

(Ans)
グラフの排泄相より、半減期は約40時間と計算される。
Ke=0.693/40=0.0173 、Vd=F*D/Ke/AUC=0.7*5.0/0.0173/178.2=1135 L Clb=0.0173*1135=19.6 L/hr
アムロジピンは、Vdが非常に大きいので、生体成分と結合していると考えられる。

2)アムロジピンを24時間ごとに投与すると、何日で定常状態に達するか?  その時のピーク値(Cpk)を計算し、初回投与の濃度と比較せよ。

(Ans)
24*5=120時間、4~5日間で定常状態に達する。投与間隔が半減期毎でなくても5回目の投与でほぼ定常状態になる。
Cpk=0.7*5.0/1135/(1-exp(-0.0173*24))=9.1 ng/mL
初期投与のピーク値の約3倍となる(図2)。

図2



3)図2は、5mgのアムロジピンを単回()および8日間連続投与後()の若年健常者と老年高血圧症患者の測定値である。
下記の表のCmax、Tmax、T1/2の空欄を埋めよ。また、Vd、Clbを求めよ。

若年者に比べて、どのパラメーターが一番異なっているか。また、その理由を述べよ。

  

老年高血圧症患者

若年健常者

単回投与時

連続投与時

単回投与時

連続投与時

Cmax (ng/mL)

 

 

 

 

Tmax (hr)

 

 

 

 

T1/2 (hr)

 

 

 

 

AUC (ng*hr/mL)

116.9

63.2

Vd(L)

 

 

Clb (L/hr)

 

 


(Ans)
Ke-old=0.693/37.5=0.0185, Ke-young=0.693/27.7=0.025
Vd-old=0.65*5.0/0.0185/116.9=1502 L,
Clb=Ke-old*Vd-old=1502*0.0185=27.8 L/hr
Vd-young=0.65*5.0/0.025/63.2=2056 L,
Clb=Ke-young*Vd-young=2056*0.025=51.4 L/hr

老年者では、アムロジピンの代謝(体クリアランス)が遅いために、血清中の濃度が若年者より高くなるので、低用量から投与を始めるべきである。


4)高齢者の薬物動態について

60才以上の高齢者では、3)でも分かるように、薬物のパラメーターである、半減期(T1/2)、クリアランス(Clb)、分布容積(Vd)が変化する。

a)腎機能の低下:腎機能は加齢と共に低下し、70才で30-40%減少する。従って、半減期の延長とクリアランスの減少がおこる。
b)相対的脂肪量の増加:脂溶性薬物の体内蓄積がおこりやすくなる。
c)総水分量の減少:総水分量は70才で15-20%減少するので、Vdが減少する。
d)肝容積と血流量ともに45%減少するので、薬物代謝活性も同様に低下すると考えられる。

以上のことより、薬物の血中濃度が高くなり、中毒症状の出現する確率が高くなるので、成人の1/2から1/3量で始める。

例題3: 抗感染薬(Antiinfective drugs)(1)抗細菌薬(Antibacterial agents) の添付書類より

セフォチアム(cefotiam)は、セフェム系抗生物質で、1g、0.5g、0.25gの静注用薬が市販されている。その添付書類(武田薬品)には、図3と図4の測定値が記載されている。

図3


1)図3は、セフォチアムの1gを静注したときの血中濃度の変化である。半減期(T1/2)および排泄速度定数(Ke)を求めよ。Vdを計算せよ。

(Ans)
T1/2=0.8 hr、Ke=0.693/0.8=0.866
図3を対数にとり、排泄相より、C=C0*exp(-Ke*t)式によりC0を求めると、60μg/mLと計算される。投与量(D)は、1gであるので、Vd=D/C0=1/60=16.7 L となる。  


2)2gのセフォチアムを1時間点滴静注したときの血中濃度を求めよ。また、2時間かけて同量を点滴静注したときの血中濃度を求めよ。

平均血中濃度は、次式で表される。ただし、Rinfは静注速度(g/hr)である。

(Ans)

1時間の時:静注速度(Rinf)は、2 g/hrである。
Cav=2*(1-exp(-0.866*2))/16.7/0.866=114μg/mL
      
2時間の時:Rinf=2g/2 hr、Cav=1*(1-exp(-0.866*2))/16.7/0.866=56.9μg/mL
点滴終了時に上記の血中濃度がえられる。
      
もし、半減期の5倍の4時間点滴すれば、定常状態がえられる。
Css=Rinf/Vd/Kel=2/4/16.7/0.866=34.6μg/mL が得られる。

図4

3)図4の腎機能障害者、A氏およびB氏では、血中濃度が健常者より高いことが分かる。AとB氏のT1/2およびClbを求めよ。


4)腎機能障害者の薬物動態について

腎機能障害者では、低蛋白血症や薬物の蛋白結合率の低下により、Vdが増加する。
薬物体クリアランス(Clb)=肝クリアランス(Clh)+腎クリアランス(Clr)と考えられる。
腎機能障害者では、Clrが減少するので、Clbが低下する。Clb=Vd*Ke であるので、いま、Vdが変化しないとすれば、Clbの低下はKeの低下による。
また、Ke=腎排泄定数(Kr)+腎以外の排泄定数(Knr)と考えられるので、クレアチニン・クリアランスを測定し、Giusti 法などにより、Keを補正をすることができる。

クレアチニン・クリアランス(Clcr)が分からないときは、血清クレアチニンからClcrを次式から推定することができる。

Clcr(男性)=(140-年齢)*体重/72/血清クレアチニン濃度  [Kg/mg/dl]
Clcr(女性)=0.85*Clcr(男性)
  
腎機能障害者への投与量の補正係数(G)は、次式で表される。

 
ただし、100は、健常者のClcr [mL/min] である。また、fuは、尿中未変化体排泄率である。


5)腎機能障害者への薬物投与量の補正

腎機能障害者では、投与量および投与間隔の補正計算が必要である。
図4で、A氏のクレアチニン・クリアランス(Clcr)は、<5 mL/min、B氏は50.6 mL/min である。
セフォチアム(cefotiam)の場合のfuを70%として、2)の例題(健常者へ2g cefotiam、1時間点滴静注)の場合、B氏への補正投与量を求めよ。もし、2gを投与したい場合の投与時間を求めよ。 

(Ans)
G=1-0.7*(1-50.6/100)=0.654
従って、B氏の投与量は、D=2*0.654=1.3 g と計算される。投与時間を変更したいときは、τ=1 hr/G = 1/0.654=1.5 時間に延長する。


例題4:中枢神経刺激薬(Central Nervous System Stimulants) の添付書類より

テオフィリン(theophylline)は、気管支喘息の治療薬で、テオフィリン徐放性錠剤として100mgと200mgが、シロップとして20mg/mLが市販されている。
添付書類(三菱ウエルファーマ)に、200mgを経口単回投与したときのパラメータが以下のように記載されている。

Cmax

Tmax

AUC

T1/2

3.0 μg/mL

7.2 hr

53.9 μg*hr/mL

12 hr

 
1)F=0.9として、Vdとクリアランス(Clb)を求めよ。

(Ans)
Ke=0.693/12 =0.058
Vd=0.9*200/0.058/53.9=5.8 L
Clb=Vd*ke=0.058*58=3.3 L/hr

2)経口投与による緊急飽和について

テオフィリンの有効血中濃度は、8~20μg/mLとされている。維持量10 μg/mLを、緊急に得るための初回量(飽和量)と維持量を求めよ。

初回投与(loading、飽和)量Dldとすれば、半減期(Thaf)後の体内薬物残存量(remaining amount)をAbとすれば、Ab=Dld*exp(-0.693)。半減期後に体内から消失する量Dmは、Dm=Dld*(1-exp(-0.693))=Dld*0.5 で表される。この式より、初回量を、維持量の2倍にし、半減期後に維持量を与えるとよいことが分かる。

(ANS)

定常状態で、テオフィリンの血中濃度10 μg/mLを得たいのだから、半減期をThafとして、維持量をDmとして、定常状態での血中濃度は、C=F*D/Vd/Ke/Thaf で表される。従って、維持量は、Dm=10*Vd*Ke*Thaf/F=10*5.8*0.058*12/0.9=448 mg である。初回に維持量の2倍量、900mg を投与し、以降12時間ごとに、450mgを投与すると、初回から、10 μg/mLが維持(急速飽和)できる。

テオフィリンの徐放剤を使った喘息発作の予防法をRTC(round the clock:一日中)療法という。薬を1日に2回服用することにより、薬の効果を持続させて発作を予防する方法である。

3)テオフィリンクリアランスの年齢変化

テオフィリンは、血中濃度に比例して、副作用が出現することが多く、TDMを行い、かつ患者個人に適した投与計画が必要である。図5のように、テオフィリンのClbが年齢により大きく変化する。特に、1~2才で成人の約2倍となるので注意が必要である。


図5(千葉、日児誌、95,1735,1991より改変)


維持投与量=(投与間隔)*(クリアランス)*(血中濃度)で表されるので、維持量はクリアランスに比例することが分かる。従って、小児においてテオフィリンは、痙攣などの副作用を生じやすい。

4)小児における薬物投与について

小児は、大人を小さくしたものであるとする考え方で、薬物治療がなされているのが大部分であり、体重をもとに、薬物量が表のように決められ用いられている。

小児の薬物投与量の簡易表

年齢

新生児、未熟児

0.5

7.5

12

成人

用量

1/20から1/10

1/5

1/4

1/3

1/2

2/3

1


しかしながら、多くの薬物について、小児の薬物動態値が、得られていないので、成人のパラメーターが指標になっている。この場合は、水分布による補正がなされている。

a)細胞外液
Vdは、生理的水分布に比例し、小児と成人の細胞内液は体重の35~40%であるが、細胞外液が成人に比べて多い。例えば、新生児では、細胞外液は、体重の約32%(成人:約20%)、
イヌリンクリアランスは、10mL/min (成人:120mL/min)などである。多くの薬物は、細胞外液に分布するので、Friis-Hansenの式により、細胞外液を求めて補正する。

b)代謝および腎機能
幼少児では、グルクロン酸抱合が未発達であるが、硫酸抱合は良い。メチル化も活発である。また、腎機能も未発達であるので、薬物動態に大きく影響を与える。


例題5: 消化器疾患治療薬(Drugs for Gastrointestinal Disorders) の添付書類より

オメプラゾール(omeprazole)は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)で、10mgと20mg錠、および注射剤(20mg)が市販されている。その添付書類(アストラゼネカ)には、以下の図6と表が記載されている。オメプラゾールはCYP2C19により代謝されるが、この酵素には遺伝子的多型があり、Poor Metabolizer(PM)が日本人では15-20%存在する。当然、Extensive Metabolizer(PM)とは血中動態が大きく違っている。胃潰瘍などでピロリ菌の除菌のために、オメプラゾールとamoxicillinの投与が行われている。PMでは除菌成功率がほぼ100%であるのに対し、EMでは成功率が30-60%であるとの報告がある。

添付書類では、1日2回、20mg静注で6日間の反復投与の血漿中濃度のグラフが記載されている。しかし、ここでは48時間までのグラフを載せている。

1)EMとPMについて、投与終了時の血漿濃度と半減期を求めよ。また、消失速度の比を求めよ。

(Ans)
計算法はすでに、他の例題で用いているので、参照のこと。

2)この薬物のVdを求めよ。

(Ans)
文献によると、Vdは0.3L/Kgと報告されている。


図6
  


群(例数)投与回数投与終了時の血漿濃度(μg/mL)消失半減期(h)AUC(μg*h/mL)
EM(7)初回

1.00
PM(3)初回

4.87



参考図書:石崎高志著、臨床薬理学レクチャー、医学書院、高田寛治著、薬物動態学、じほう社

関連サイトの紹介

1、広島市医師会だより(第542号 付録) 薬物血中濃度測定の重要性~TDM( モニタリング)の基礎知識~

(三木)