抗認知症薬(Drugs for Dementia)

現在のところ、認知症は治癒が望めない疾患であり、治癒または回復に向かわせる治療法は存在しない。現在の薬物治療は、認知または機能的アウトカムの改善を目的としたものである。

認知症とは、一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続性に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態で、それが意識障害のない時にみられる。


1、認知症の種類

日本人に最も多いのがアルツハイマー型認知症(Alzheimer disease)で、認知症全体の7割近くを占める。次いで、脳出血や脳梗塞が原因でおこる血管性認知症(vascular dementia)が約2割。その他、レビー小体型認知症(Lewy body dementia)、前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia、Pick's disease)などがあり、この4疾患を「4大認知症」と呼ぶ。アルツハイマー型は、除外診断で他の変性疾患を除いた病名なので、今後その比率は減少する可能性がある。4大認知症以外には、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核症候群、神経原線維変化型老年期認知症、嗜銀顆粒性認知症、アルコール性認知症などがある。


2、認知症の症状

中核症状記憶障害、見当識障害、失認・失行・失語、実行機能障害など、いずれかが認知症患者に必ず見られる機能障害。
行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia (BPSD))認知症の行動異常や精神・心理症状。徘徊、常同行動、暴言・暴力、不潔行為、食行動異常、性行動以上、うつ・アパシー、不安・焦燥、幻覚、妄想など。

レビー小体型認知症では、幻覚や妄想、パーキンソン病と類似した運動障害などが現れることがある。前頭側頭型認知症では行動に抑制がきかなくなり、テーブルの上にある食物を全部食べてしまったりすることがある。血管性認知症では新たな血管障害がなければ症状に大きな変化はないが、変性疾患では症状が進行し、その速さには個人差がある。(これらの症状の詳細については、認知症の種類と症状一覧を参照)


3、認知症の薬物治療

中核症状に対しては、ドネペジル(donepezil)などのコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)やグルタミン酸受容体サブタイプの一つであるMNDA受容体拮抗薬であるメマンチン(memantine)が用いられる。アルツハイマー型にはこれらの薬物すべてが、レビー小体型に対してはドネペジルが保険適応内だが、他の認知症疾患には適応外使用となる。適応内の薬物でも、効果についての科学的根拠が不十分であり、コリンエステラーゼ阻害薬では用量依存的に副作用が出るので、85歳以上や虚弱な高齢者には勧められない。

血管性認知症に対しては、血圧管理が重要で、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、Ca拮抗薬などの降圧薬が用いられる

また、抑うつ、妄想、幻覚、せん妄などの認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological symptoms of Dementia、BPSDに対してはそれぞれの症状に対する対症療法が行われるが、アルツハイマー病をはじめ認知症疾患に対する抗精神病薬の使用は、適応外使用である。BPSD に対する抗精神病薬の有効性に関する十分なエビデンスはなく、転倒・骨折のリスクを高めるので、使用に際しては十分に注意し、副作用(歩行障害、嚥下障害、構音障害、寡動、無表情、振戦、起立性低血圧、過鎮静など)がみられるときは直ちに減量あるいは中止する

抗不安薬は、高齢者において副作用が発現しやすく、過鎮静、運動失調、転倒、認知機能の低下のリスクが高まるため原則使用すべきでないが、広く認知症診療の現場で使われている。厳密な比較対照試験はほとんど行われておらず 、BPSD に対する客観的な評価は得られていない。

また、BPSDが疑われる事例のうち6~8割において、痛みなどの身体的苦痛と薬剤が関連していたとの報告がある。疾患や治療に関連した「苦痛」を認知症患者がうまく表現できず、「苦痛」を取り除くという根治的な治療ではなく、BPSDとして対症的な治療が行われる可能性もある。

レビー小体型認知症では、D2受容体遮断薬(抗精神病薬、スルピリド)、ベンゾジアゼピン、バルプロ酸、抗コリン薬kなどに対する感受性が強いため、高齢者では誤嚥性肺炎を引き起こし易い。逆に、レボドパやコリンエステラーゼ阻害薬が誤嚥性肺炎を改善することがある。

認知症患者では、誤嚥性肺炎のリスクが高い。このような患者の降圧薬としてACE阻害薬を服用することで、嚥下反射が改善することが報告されている。これは、ACE阻害薬がACEによるサブスタンスPの分解を阻害し、その結果上気道にサブスタンスPの集積が起こって咳反射が亢進するためである。

a) ドネペジル(donepezil)


donepezilは、アリセプト®として、1999年に認可されたアルツハイマー型認知症治療薬である。Alzheimer病では、前脳基底野コリン作動性ニューロンの選択的変性がみられAch量が減少していることが知られている。そこで、脳内ACh量を増やすために、中枢cholinesteraseを選択的に阻害する薬が開発され、その中でも臨床効果の見られる薬物がdonepezilである。

Cholinesteraseの阻害活性は、IC50=6.7nMである。0.625mg/Kgよりラット脳AChを増加させる。0.5mg/Kgで、学習効果を改善した。臨床試験でも、認知機能検査で改善や症状の軽減が見られている。ただし、Donepezilは、Alzheimer病の進行は抑制しない。

以下に紹介するように、副作用は用量依存的に増大する。コリン作動性刺激に関連して消化器系、神経系および心血管系の副作用に対するリスクは2~5倍となり、重大な副作用として体重減少、衰弱、失神などが認められた。「ChEIは軽度から中等度の認知症に対し、短期的に、わずかな認知機能の改善をもたらすが、臨床的に意味があるとはいえない。重症例、長期治療患者、高齢者においては、ほとんどベネフィットが認められない。体重減少、衰弱、失神などのコリン作動性の副作用は臨床的に重要であり、とくに虚弱な高齢患者において弊害をもたらし、治療によるリスクがベネフィットを上回る。」とのメタ解析による報告がある。

b) ガランタミン(galantamine)
アセチルコリンエステラーゼ阻害作用とニコチン受容体に対する増強作用がある。

c)メマンチン(memantine)
グルタミン酸受容体サブタイプの一つであるNMDA受容体拮抗作用を示す。作用機序は異なるが、他の薬物と同様、Alzheimer病の進行は抑制しない。以下の「話題」に書かれているように、「メマンチン単剤療法の中等度~重度認知症に対するベネフィットは最低限であった。有害事象も同程度に小さいと考えられた」とのメタ解析による報告がある。


話題

Jacob S. Buckleyらは、認知症および軽度認知障害(MCI)の治療に関する研究をメタ解析し、薬物治療のベネフィットとリスクを評価した。その結果、コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)によるベネフィットは小さく、経過とともに効果が減弱すること、用量依存的に有害事象が増加すること、またメマンチン単剤療法はベネフィット、リスクともに小さいと報告した。主な結果は以下のとおり。●軽度から中等度のアルツハイマー病とレビー小体型認知症において、ChEIは認知、機能、および全般的ベネフィットを少し改善する。●血管性認知症に対する、有意なベネフィットは認められていない。● ChEIは、治療開始1年後に有効性のベネフィットが最小となり、経過に伴い減弱する。●進行例あるいは85歳以上の患者にベネフィットを示したエビデンスはなかった。●有害事象は、ChEIの使用により用量依存的に有意に増加した。コリン作動性刺激に関連して消化器系、神経系および心血管系の副作用に対するリスクは2~5倍となり、重大な副作用として体重減少、衰弱、失神などが認められた。●85歳を超えた患者の有害事象リスクは若年患者の2倍であった。●メマンチン単剤療法は、中等度から重度のアルツハイマー病および血管性認知症の認知機能に何らかのベネフィットをもたらす可能性があるが、そのベネフィットは小さく、数ヵ月の経過において減弱する可能性があった。●メマンチンは、軽度認知症あるいはレビー小体型認知症において、またChElへの追加治療として、有意なベネフィットは示されていない。●メマンチンの副作用プロファイルは比較的良好であった。結果を踏まえ、著者らは「ChEIは軽度から中等度の認知症に対し、短期的に、わずかな認知機能の改善をもたらすが、臨床的に意味があるとはいえない。重症例、長期治療患者、高齢者においては、ほとんどベネフィットが認められない。体重減少、衰弱、失神などのコリン作動性の副作用は臨床的に重要であり、とくに虚弱な高齢患者において弊害をもたらし、治療によるリスクがベネフィットを上回る。メマンチン単剤療法の中等度~重度認知症に対するベネフィットは最低限であった。有害事象も同程度に小さいと考えられた」とまとめている。(Buckley JS, et al. Drugs Aging. 2015, 32(6):453-67、記載に当たりCareNetの解説を参考にした、論文をみる

2018年6月1日、フランス厚生省(社会問題・健康省)はプレスリリースを発表。「現在、アルツハイマー病の治療のために使われている薬(「ドネペジル」「ガランタミン」「リバスチグミン」「メマンチン」)を、8月1日より医療保険のカバーから外す」としました。今回、対象となった薬は、アルツハイマー病で認知症になった人の症状の進行を抑制するものとして、日本でも広く使われています。もちろん医療保険でカバーされ、必要な人は1割~3割程度を自己負担すれば手に入れることができます。もし医療保険から外れると、手に入れるには全額が自己負担となり、本人が支払うお金が高額になります。フランスには2005年に設立されたHAS(高等保健機構)という公的な組織があり、医療保険でカバーする薬や医療技術などの臨床効果を評価しています。2016年10月、HASはアルツハイマー病治療薬の臨床的な有用性に関する検討結果を公表しました。世界中でこれまでに発表された研究を調べた結果、薬を使うことで施設への入所を遅らせたり、病気が重症化するのを抑制できたりなどの「良い影響」を示す証拠は十分ではないと指摘。その一方で、消化器系や循環器系などへの有害事象は無視できないとして、これらの薬を「医療保険でカバーするのは適切ではない」と勧告しました。そして、冒頭の厚生省による決定につながったわけです(記事をみる)。


関連サイトの紹介

1、認知症介護情報ネットワーク 認知症について
2、
厚生労働省 かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版)

(久野)