依存性薬物(Drugs of Abuse)

精神依存:薬物を摂取したいという強い欲求であり、止めることができない状態をいう。

身体依存:薬物を中断したときに引き起こされる精神的および身体的な症状で、退薬症候群という。すべての依存性薬物は精神依存を生じるが、 身体依存を示すのはそのうちの一部である。


1、薬物依存の型とその特徴および代表薬

依存の型

中枢作用

精神依存

身体依存

耐性

代表薬物

モルヒネ型

抑制

+++

+++

+++

モルヒネ(morphine)、ヘロイン(heroin)、コデイン(codeine)、ペチジン(pethidine)

ベンゾジアゼピン・アルコール型

抑制

++

+++

++

バルビツール類(barbiturates)、アルコール(alcohol)、ベンゾジアゼピン系薬物(benzodiazepines)

アンフェタミン型

興奮

+++

+++

アンフェタミン(amphetamine)、メタンフェタミン(methamphetamine)

コカイン型

興奮

+++

コカイン(cocaine)

大麻型

抑制

(+)

(+)

カンナビノイド(cannabinoids)

幻覚薬型

興奮

++

LSD-25, メスカリン(mescarine)、 シロシン(psilocin)

有機溶媒型

抑制

(+)

(+)

トルエン(toluene)

0:なし +:軽度 ++:中等度 +++:高度 ( ):疑わしい

         

2、薬物による精神依存の強さ

薬物

最高レバー押し回数

 カフェイン

100

 ニコチン

800~1600

 アルコール

3200~6400

 アンフェタミン

3200~6400

 コカイン

6400~12800

 モルヒネ

1600~6400

 モルヒネ(身体依存)

12800~25600

サルがレバーを押すと、上記の薬物が血中に注入されるようになっている装置を用いて、一定時間内に薬物が欲いために、サルがレバーを押した回数を測定する。


3、薬物依存に関与する神経回路

    

薬物依存に関与する神経回路は、中脳のVTA(ventral tegmental area)のDAニューロンであり、medial forebrain bundleを経て、大脳辺縁系(特にNucleus Accumbens)から前頭葉に至る神経路である。




中脳辺縁系における依存性薬物の作用点
依存性薬物は、直接あるいは間接的にNAc(側座核)ニューロンに働き、過分極を引き起こし、NAcニューロン活動を抑制することにより、精神依存、快感、幻覚、妄想などを引き起こすと考えられる。Morphineは、VTA(腹側被蓋野)でGABAニューロンを抑制することにより、DAニューロンを活性化し、DA遊離を促進すると共に、NAcのニューロンを直接抑制する。MethamphetamineCocaineは、DAニューロンの終末からDAを遊離させる。NicotineAlcoholは、DAューロンを活性化し、DAの遊離を引き起こすと共に、NAcへの求心性opioidニューロンを刺激する。Phencyclidine (PCP)は、glutamine受容体(NMDA)を抑制する。Molecular Neuropharmacology (E.J.Nestlerら、2001)より改編


4、依存性薬物

1)アンフェタミン(Amphetamine)、メタンフェタミン(Methamphetamine)、コカイン(Cocaine)

薬理作用おおよび毒性

解説

中枢作用

少量で大脳皮質の興奮、覚醒レベルの亢進、疲労感や眠気の減少、多弁躁状態、集中力や判断力の低下、食欲の低下。

末梢作用

血圧上昇、心拍数上昇、気管支拡張。

環境による毒性変化

環境温度:体温が上昇すると毒性が増す。

群居毒性:1匹のLD50=100mg/Kg以上が、多数では1/6になる。

耐性と依存

速やかに耐性が生じ、中毒者は、快感(フラッシュ、恍惚感、性的絶頂感)を求める。2時間おきに3-6日間、薬物を反復投与する。その間、覚醒、興奮状態が続く(薬物の血中濃度が低下すると悲惨な耐えられない欝状態になるので、強迫的な自己投与を行う)。 この間ほとんど飲まず食わずで、消耗、錯乱となる。そして3-4日間昏睡状態になる。目覚めると再投与を開始する。

興奮薬精神病

アンフェタミンやコカイ反復乱用により、妄想型統合失調症に類似した精神病がでる。 幻聴、関係妄想、被害妄想、幻覚(ムシが皮膚の下に潜りこんだという妄想が出る)。薬物を中断しても一回投与で、再燃(フラッシュバック)しやすい。



メタンフェタミン(methamphetamine)




コカイン(cocaine)


a)Amphetamineおよびcocaineの作用機作

    

Amphetamineとcocaineの作用点
Amphetamine(AMP)は、神経終末に取り込まれ、小胞のDA保持機能を破壊する。その結果、小胞からDAの遊離が促進する。さらに、小胞外のDA濃度も増加するので、DA-Tを逆行して、DAの遊離が増加する。Cocaineは、DAトランスポーターを直接阻害し、遊離DAの取り込みを阻害する。DA transporterは、12回膜貫通構造を持ち、また活性はNa+/Cl-依存性である。いずれの薬物も、シナプス間隙のDA量を増加させることにより作用する。


b)Metamphetamine連続投与による感受性亢進(逆耐性現象)
methamphetamineやcocaineを連続投与していくと、快楽に対しては次第に耐性が形成されるが、逆に、幻覚や妄想などの精神症状(興奮薬精神病)は次第に増加してくる。この現象を逆耐性現象と呼ぶ。

マウスにMethamphetamine(2mg/Kg)を、1日目、3日目、6日目に腹腔内投与していくと、かぎまわり運動や回転運動などの常同運動が次第に増加してくる。以降投薬を中断してから、30日目に同量のmethamphetamineを投与すると、6日目に得られた運動量に匹敵する常同運動が出現する。この現象をフラッシュバックを呼ぶ。これらの行動変化は、ヒトの場合の興奮薬精神病の症状に相当すると言われている。


2)モルヒネ(Morphine)

薬理作用と依存性

解説

中枢神経抑制作用

大脳→延髄→脊髄の順で抑制する。痛覚抑制→情動安定化、多幸感→外的刺激への反応低下→呼吸中枢麻痺→死亡。その他、鎮咳作用、催吐作用、縮瞳作用がある。

末梢作用

Oddi括約筋の収縮、消化管の緊張亢進(便秘が生じる)。

耐性と依存

耐性依存形成では、初期量の100倍以上でも平気になる。

退薬症候

24-48時間で極期になる。初期には振戦、不安、不眠、発汗、鼻汁、流涙。やがて、悪寒発熱、血圧上昇、振戦、立毛、嘔吐、下痢、筋肉痛、七転八倒して苦しむ。78時間頃から次第に緩和する。7-10日で一応おさまるが、不眠、脱力感、焦燥感、筋肉痛は、数週間残る


3)アルコール(Alcohol)

薬理作用および依存

解説

消毒作用

70%で菌蛋白を変性させるが、それ以上では菌体への浸透が悪くなる。

吸収と代謝

血中濃度、0.05%で症状が出始め、0.25%で中毒症状、0.5%で致死となる。空腹時では20%が胃から吸収されるが、小腸の方がよく吸収する。Vd=6.5-7.0L。90%が肝臓で代謝されるが、血中濃度に関係なく一定量が代謝される(zero-oder kinetics)。大人では7-10g/時間で代謝される。ベンゾジアゼピン系薬物(benzodiazepines)はエタノールの作用を強める。ADH分泌抑制による利尿作用がある。

酩酊

大脳皮質機能を抑制する。呼吸抑制。一般の麻酔薬に比べ、用量範囲と持続時間が長いが、中毒・致死量が接近している。

長期飲酒

アルコール性痴呆。ヴェルニッケ・コルサコフ症候群。脂肪肝、肝硬変。

アルコール依存症

精神依存:陶酔感、多幸感、現実から逃避、不安や苦痛の回避のため飲酒を制御できない。

酒量抑制薬ジスルフィラム(Disulfiram)、シアナマイド(Cyanamide):aldehyde dehydrogenase(ALDH)の阻害薬で、飲酒によりacetaldehydeが増え、悪心、嘔吐、心悸亢進、頭痛、血圧低下などの不快な症状が出る。

アカンプロサート(a
camprosate):中枢神経系におけるNMDA受容体の阻害作用とGABA-A受容体刺激作用があり、アルコールの離脱症状を緩和し、アルコールを欲しない状態にする。精神療法との組み合わせで、約半年で47%の人が断酒に成功。ナルメフェン(nalmefene):オピオイドκ(カッパ)受容体遮断薬。酒を止めたいヒトが酒が飲みたくなった時に飲むと飲酒量が減る。

退薬症候 (身体依存)

飲酒後数時間で、悪心、脱力、不安、発汗、飲酒への強い欲求。
24時間以内に、痙摯、幻覚妄想、意識障害振戦せん妄。1週間位で回復する。


アルコールの代謝経路
 

東洋人の50%がALDH 2型を欠く。高濃度のethanolで、MEOS(microsomal ethanol oxidizing system)が誘導される。ADH(alcohol dehydrogenase)はethanolで誘導されない。


4)カンナビノイド(Cannabinoidsアサ(大麻草)に含まれる化学物質の総称)

薬理作用

解説

中枢作用

夢幻的な快楽や肉体的・精神的な充足感がでる。他人への親近感を抱かせ、欲情の制約がなくなる。知覚(聴覚、触覚、味覚)過敏になり、わずかな音にも反応性を示し、想像力が強くなり、幻覚、幻視や幻聴を引き起こす。感受性が強くなり、情緒不安定になる。グッドトリップ:最初から楽しい気分になり、自然に笑いがあふれる。バッドトリップ:悲観的になり、精神的なパニックをおこし、錯乱状態となる時間や場所の観念が極度に変わる。精神依存がある。多発性硬化症モデル動物での振戦や痙攣を抑える。

末梢作用

血圧降下作用、体温降下作用、鎮痛作用、生殖機能抑制、食欲増進作用


Cannabinoids受容体と細胞内情報伝達物質


Cannabinoidsの活性物質は、tetrahydrocannabinol(THL)である。中枢性受容体CB1と末梢性受容体CB2を介して薬理作用が発現する。内因性cannabinoidsとして、anandamideと2-AGおよびnoladin etherが単離されている。鎮痛、食欲、腸管運動、体温、血圧、生殖などの調節に関係している。


5、幻覚・妄想を引き起こす薬物の受容体と細胞内情報伝達物質の模式図

 

幻覚・妄想を引き起こす薬物は、固有の受容体と細胞内情報伝達物質を経由し、幻覚・妄想を生じる。短期症状は、蛋白質のリン酸化を介すると考えられる。しかし、依存や耐性の獲得には、遺伝子発現の変化が必要であるが、詳細は今後の研究を待たねばならない。


話題

ショウジョウバエがアルコール耐性を獲得することはよく知られている。耐性の獲得には、ctopamineが必要であることが報告されている。p-element挿入法で、エタノール耐性獲得に必要なhangover遺伝子を見出した。hangover遺伝子は、U1-like zinc-fingerドメインを持ち、RNA結合活性を持つ。hangover欠損ハエは、エタノール耐性を獲得せず、また酸化ストレスにも弱く、両者にcross-toleranceのあるとこが分かった。hangoverによるストレス経路は、octopamineとは別経路で、耐性獲得に関与していることを明らかにした。(H.Scholz et al, Nature, 436, 845, 2005、論文をみる

厚労省医薬・生活衛生局は2017年3月21日、催眠鎮静剤、抗不安薬、抗てんかん薬で使用されるベンゾジアゼピン受容体作動薬などの医療用医薬品について、承認用量の範囲内でも漫然とした継続投与により依存性が生じることがあるとして、医療現場に注意喚起するため44成分の添付文書を改訂するよう、日本製薬団体連合会に通知で指示した。ゾルピデム(マイスリー®)も44成分に含まれています。ゾルピデムは睡眠薬として最も良く処方され、「非ベンゾジアゼピン系」とよばれていますが、依存性はベンゾジアゼピン系」と同じです。「ベンゾジアゼピンから離脱させることは、ヘロインから離脱させるよりも困難である。」という研究者もいます(記事をみる)。また、ベンゾジアゼピン系薬物が認知症リスクを増加させるという報告もあります。(ミクスonline、 2017/03/22 03:52、記事をみる


関連サイトの紹介

1、National Geographic  覚せい剤の乱用文化は日本起源だった
2、薬物・アルコール依存症リハビリセンター どんな種類の薬物があるの?

(三木、久野、向井)