漢方薬の基礎 (Herbal Medicines)
漢方という言葉は江戸時代に入ってきたオランダ医学(蘭学)に対して、中国の伝統的医学に基づいた医学大系を表現する言葉である。漢方のなかに鍼灸も含まれる。日本国内では70%の医師が漢方薬の使用経験があるという。
漢方薬は普通、配合比率の決まった複数の生薬のブレンドからできあがっており、大きく分けて発表(発汗)剤、瀉下剤、利水剤、清熱剤、補剤などに分類されている。
漢方薬は、病原菌を直接殺したり、特定の臓器に強く作用するよりは、体の抵抗力を強めたり、免疫力を調節したり、消化吸収を高めたり、新陳代謝を高めたりして、本来生体に備わっている治癒反応を生かしながら間接的に病気を治す作用を持つものが多い。
現在、漢方外来受診で多い疾患や症状は、かぜ、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、慢性関節リウマチ、アレルギー性鼻炎、月経困難症、更年期障害、にきび、肩こり、腰痛、さまざまな不定愁訴など多岐にわたるが、西洋医学では治療困難なものにも効果を発揮することが多い。
1.漢方薬の処方
漢方薬の処方は、患者の「証」を考慮して行われるので、「証」を理解することが大切である。「証」は漢方医学的診断の根拠となる概念であり、「証」に従って漢方薬の選択がなされる。「証」とは、患者が現時点で呈している病状を、陰陽・虚実・気血水などの漢方医学のカテゴリーで総合的にとらえた診断であり、治療の指示であると定義されている。従って、漢方医学の診断は、病態の把握と治療薬(方剤)が連結しているという特徴がある。(図)
病気の進展を考える上で、六病位(ステージ分類)が用いられる。また、病気の原因を考える上で、「五臓六腑」という考えも用いられる。すなわち漢方医学では、疾患を、西洋医学の一病一因論ではなく、個体全体からみる考え方(心身一如)をする。
2.病態把握の物差し
生体は、疾患に対して、これを修復するために様々な反応を示す。漢方では、「陰陽」、「虚実」、「表裏」、「寒熱」という基準(八綱弁証)を用いて、「証」を表し、漢方薬を選択する。
下図に、「陰陽」、「虚実」、「寒熱」の組み合わせによる「証」と漢方薬の選択例を示す。それぞれの薬剤は、原点(中庸、正常状態)に向かってのベクトル(方位)を持っている。ある「証」に対して、薬剤のもつベクトルを理解することが重要である。いま、高齢で肝硬変の患者A(右図、陽虚証、青●)に小柴胡湯を投与すると悪化(青矢印) するので、この場合は、補中益気湯を用いる。
さらに、病態把握法として、次の方法も使用される。
1)気血水に基づく方法
2)六病位に基づく方法
3)五臓六腑に基づく方法
大まかにとらえて、陰陽(6種類の病位) × 虚実(3種類の証) × 気血水(6種類の失調状態) =108通りの認識による証があり、これに対して漢方の処方がある。
3.風邪に対する漢方薬の処方例
風邪に用いられる漢方は、主として発汗剤と清熱剤である。対症療法(標治)であり、「証」の診断には、丁寧な観察と修練が必要である。
表寒証:ぞくぞくする悪寒。 表熱証:熱感や赤い顔あるいは咽頭の発赤。
半表半裏の熱証:口苦や咳嗽、胸脇苦満。 裏熱証:腹満や便秘あるいは下痢
裏寒証:全身倦怠や下痢。
葛根湯(カッコントウ)には、葛根(解熱)、麻黄(発汗、鎮咳)、生姜、大棗、桂皮(発汗)、芍薬(鎮痙、鎮痛)、甘草(急迫症状を和らげる)が含まれている。表寒証の薬剤の中からどれを選ぶかは、実虚などの証で決める。
小柴胡湯(ショウサイコトウ)には、柴胡(内臓の熱を取る)、黄芩(おうごん)、半夏、生姜、人参、大棗、甘草が含まれている。生姜、大棗、甘草のセットは、胃薬である。
麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)には、麻黄(気管支拡張)、杏仁(咳止め)、甘草、石膏(解熱)が含まれている。
麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)には、麻黄、附子(新陳代謝を賦活)、細辛(体を温める)が含まれている。
これらの薬剤の持つベクトルにより、病態を正常状態(中庸)持って行くのがねらいである(図)。
薬剤の成分から判断すると、かなり合理的に処方が行われているのが理解できる。
しかし、西洋医学の風邪薬に対する解熱剤、抗ヒスタミン、抗生物質のようなピンポイント治療とは異なる。
4.ある程度エビデンスのある漢方薬
漢方薬にもエビデンスに基づいた有効性が要求されるようになり、基礎および臨床試験が行われている。以下にいくつかの例を挙げる。
1、消化管機能改善: 六君子湯(リックンシトウ)、大建中湯(ダイケンチュウトウ)
2、インフルエンザ: 麻黄湯(マオウトウ)
3、高齢者の不定愁訴: 牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)、抑肝散(ヨクカンサン)
4、更年期障害: 加味逍遥散(カミショウヨウサン)、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)
5.主な生薬の作用と副作用
生薬の知識は、薬剤の薬効を知る上に大切である。
麻黄、地黄、大黄、附子、甘草を含む処方は、副作用に注意する必要がある。
生薬 | 薬効 | 備考 |
---|---|---|
麻黄(まおう) | 発汗、気管支拡張作用、去痰 | エフェドラの地上茎 |
地黄(じおう) | 滋養強壮、血液凝固抑制、 | カイケイジオウの根 |
大黄(だいおう) | 緩下作用、代謝改善作用 | タデ科レウムの根 |
附子(ぶし) | 新陳代謝賦活作用、鎮痛、利尿作用 | トリカブトの塊根。神経毒、β刺激、強心作用がある。 |
葛根(かっこん) | 解熱作用、首背中のこわばりを治す。 | クズの根 |
甘草(かんぞう) | 健胃解毒作用、 | カンゾウの根 |
桂皮(けいひ) 桂枝(けいし) | 健胃、血行促進、 | クスノキの樹皮 |
石膏(せっこう) | 熱をとり潤す作用 | 含水硫酸カルシウム。慢性皮膚疾患に頻用される。 |
当帰(とうき) | 血行促進、月経を整える作用、免疫調節作用 | トウキの根、副作用はアレルギー反応、胃腸障害 |
人参(にんじん) | 滋養強壮作用、抗ストレス作用 | オタネニンジンの根。主成分はサポニン(ginsenosides) |
柴胡(さいこ) | リンパ球の機能調節、代謝調節作用 | ミシマサイコの根。主成分はサポニン(saikosaponins)、副作用はアレルギー反応 |
黄芩(おうごん) | 免疫調節作用、健胃、解熱作用 | コガネバナの根。副作用はアレルギー反応 |
芍薬(しゃくやく) | 鎮痙、鎮痛作用 | シャクヤクの根 |
茯苓(ぶくりょう) | 利尿、強心作用、消化機能を高める。 | マツホドの菌核 |
6.漢方製剤の副作用
慢性肝炎治療において、小柴胡湯は薬剤性間質性肺炎を引き起こすことがある。特にインターフェロンと併用すると発生頻度が高くなる(禁忌)。発熱、乾燥性咳嗽、呼吸困難などが現れたら間質性肺炎を疑う。
麻黄は、ephedrineを主成分にしており、中枢および交感神経を刺激し、副作用を起こしやすい。
甘草は、グリチルリチン酸を含み、腎尿細管でのK排泄を促進し、低K血症や偽アルドステロン症を引き起こす。
山梔子(さんしし)は、主成分のゲニポシドが腸内細菌により分解されゲニピンとなり、腸間膜静脈硬化症を引き起こす。
それぞれの薬物が、アレルギー皮膚炎や薬剤性肝炎を引き起こすこともある。他剤との併用による副作用の増強がある(例えば麻黄と交感神経刺激薬、大黄と下剤など)。
7.用語解説
気 | 気は生命のエネルギー。気虚、気鬱、気逆がある。 |
血 | 血は体内の血液。血虚(栄養不足)と瘀血(おけつ、血の巡りが悪い)がある。 |
水 | 水は体液。水毒(水の分布が悪い) |
実 | 充実した余った状態で、患部に気血が動員されている状態。 |
虚 | 空虚で、患部に気血が乏しい状態。足らない状態。 |
陽 | 活動性で熱性の反応を示す状態。 |
陰 | 非活動性、寒性の反応を示す状態。 |
表・裏 | 表は皮膚や筋肉を、裏は消化器周辺を示す。半表半裏は中間(口から横隔膜まで)を表す。 |
六病位 | 病気の経過を6段階で表す:太陽病、陽明病、少陽病、太陰病、少陰病、厥陰病。 |
五臓論 | 古代中国の五行論(自然界は五つの要素、木・火・土・金・水からできており、互いに制御を受けている)を人体に当てはめ、肝・胆=木、心・小腸=火、脾(膵)・胃=土、肺・大腸=金、腎・膀胱=水、が相生および相剋関係にある。 |
三大古典 | 紀元前から3世紀に編纂された「傷寒論」、「黄帝内経」、「神農本草経」が漢方医学のバイブル。 |
参考図書:「入門漢方医学」(日本東洋医学学術教育委員会編、南江堂)、「漢方診療のレッスン」(花輪壽彦著、金原出版)
関連サイトの紹介
1、浅岡俊之 漢方の基礎知識
2、日本東洋医学会:漢方の記載を含む診療ガイドライン 2019
(三木)