甲状腺疾患治療薬(Drugs for Thyroid Disorders)

甲状腺ホルモンは、特定の標的臓器を持たず、広範囲の細胞に作用し、成長促進と基礎代謝亢進作用を持つ。2種類のホルモン、Thyroxine(T4)とtriiodothyronine(T3)からなる。T4はプロホルモンと考えられ、T3がT4の3-5倍の活性を持つ。甲状腺機能が低下した場合には,体内で不足した甲状腺ホルモンを補うために甲状腺ホルモン製剤を使用し,甲状腺機能が亢進した場合には,抗甲状腺薬を使用する。


1、甲状腺ホルモンの生理作用

酸素消費の増加、水分代謝維持

肺、性腺などを除くすべての組織。

神経組織の分化成熟誘導

幼児期の中枢神経に必須で、欠乏症によりクレチン症(cretinism)を生じる。

下垂体ホルモン

TSH放出抑制、成長ホルモンの合成促進。

他のホルモンに対する補助作用

肝臓、心臓、脂肪組織でカテコールアミンの作用を強める。

代謝亢進

肝細胞や筋肉細胞の代謝を亢進させる。その結果、血中コレステロールが低下する(診断の指標になる。即ち、バセドウ病で低下、橋本病では上昇する)。


甲状腺ホルモンの受容体(TR)は、細胞内にあり、ホルモンが結合すると、核内に運ばれ、遺伝子発現を引き起こす。甲状腺ホルモンは、ミトコンドリアに作用し、エネルギー産生亢進に関与していると考えられているが、ミトコンドリアには受容体(TR)は見つかっていない。


2、生合成経路

甲状腺ホルモン(T4とT3)の合成
1)iodideイオンの取り込み。
2)iodideのperoxidaseによる酸化と、thyroglobulin(660kDa)のtyrosine残基のヨード化。抗甲状腺薬(Antithyroid drug)はperoxidaseを阻害する。
3)iodotyrosineのカップリング反応(MITとDITとの相互結合によりT3とT4が形成される)。
4)コロイド小滴形成。
5)ライソゾームと融合し、thyroglobulinの加水分解。
6)T4/T3の血中への放出。大半はサイロキシン結合グロブリン(thyroxine binding globulin、TBG)と結合。

T4は、ヨウ素を4個持ち甲状腺でのみ作られる。T3はヨウ素を3個持ち、血液中の約20%は甲状腺から分泌され、残りは肝臓や腎臓などでT4からヨウ素が1個外されて変換されたものである。これらは、血液中ではほとんどサイロキシン結合グロブリン(thyroxine binding globulin、TBG)などと結合している。遊離型に生理活性があり、T3は微量だがT4よりはるかに活性が強い。


3、甲状腺の疾患

甲状腺疾患には、機能異常と形態異常があるが、薬物治療の対象となるのは機能異常である。甲状腺機能亢進症では甲状腺ホルモンが過剰に産生され、甲状腺機能低下症ではホルモンレベルが低下する。甲状腺機能亢進症の代表的な疾患はバセドウ(Basedow)病で、心悸亢進、大量発汗、下痢、精神不安定などの様々な症状があらわれる。甲状腺機能低下症の代表的な疾患は橋本病で、全身倦怠感、意欲低下、皮膚の乾燥などの様々な症状があらわれる。これらの症状は、治療により甲状腺ホルモンの量が正常レベルになれば消失する。甲状腺刺激ホルモン(Thyroid stimulating hormone、TSH)は甲状腺機能変化(T3、T4レベル)に良く反応するので、TSHレベルが甲状腺機能スクリーニングや薬物投与量が適切かどうかのモニターに用いられる。


4、甲状腺ホルモン薬

橋本病などの甲状腺機能低下症に用いられる。化学合成されたT4製剤とT3製剤があるが、T3は半減期が短い、T4→T3の変換の大半が末梢で起きるなどの理由で、T4製剤の方が安定して甲状腺ホルモンレベルを保てるため、現在ではT4製剤が主に用いられている。


4、抗甲状腺薬

バセドウ病の治療に用いる。バセドウ病は自己免疫疾患で、TSH受容体刺激抗体が産生され、甲状腺ホルモンの過剰産生をきたす。甲状腺、眼窩組織、一部の皮膚組織に免疫反応が生じ、リンパ球の浸潤が見られる。甲状腺肥大、眼球突出と頻脈の三徴があり、発汗、神経過敏などの症状がでる。女性に多い。男女比は1:7~10である。有病率は女性の約0.3%である。コレステロール低値、アルカリホスファターゼ高値を示すことが多い。

薬物

作用と副作用

チアマゾール(thiamazole) (メチマゾール(methimazole)とも呼ばれる)

ヨードの取り込み阻害とperoxidase阻害により、甲状腺ホルモンの合成を阻害する。副作用として、発疹などのアレルギー反応が見られる。0.5%位に顆粒球減少症が生じる。投与2-4週後に突然の発熱、咽頭痛、歯肉出血で始まる。コントロール不良な甲状腺中毒状態では、感染症やストレスで甲状腺クリーゼ(バセドウ病の増悪、ショック、血圧低下、意識障害など)を引き起こす危険がある。致死率は20%以上である。

プロピルチオウラシル(propylthiouracil)


チアマゾール(thiamazole )活性基はR-CS-N-である。


プロピルチオウラシル(propylthiouracil)

関連サイトの紹介

1、京都医療センター 甲状腺の病気について
2、大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム 10分でわかる甲状腺がんの自然史と過剰診断

(三木、久野、向井)