気管支喘息治療薬および慢性閉塞性肺疾患(Drugs for Asthma and COPD)

1.呼吸の生理機能

呼吸=ガス交換(O2⇔CO2)であるが、外(肺)呼吸と内呼吸がある。前者は、肺胞でのガス交換とそれにつながる一連の運動である。一方、後者は組織におけるガス交換で、組織におけるエネルギー産生を支えている。従って、両者をつなぐ循環系が非常に重要であり、循環不全はすぐに呼吸不全をもたらす。例えば、心不全による肺うっ血は、呼吸時の肺に由来する異常音(ラッセル音、ラ音)を伴う息苦しさを来す。

呼吸運動は延髄にある呼吸中枢(呼気中枢と吸気中枢があるとされる)により制御されており、意識しなくても呼吸しているが、意識によっても呼吸の速度・深度を変えることが出来る。求心性には血液中のCO2分圧上昇、気管支筋の状態が迷走神経などにより延髄に伝達される。遠心性には迷走神経、横隔神経、肋間神経により運動制御される。


2.気管支喘息の病態生理

呼吸器系疾患で薬物療法が重要な疾患の一つが気管支喘息である。発作性の喘鳴を伴う呼気性呼吸困難で、二次的な原因によるもの(心不全による肺水腫など)を除く。慢性剥離性好酸球性気管支炎が本体であり、図のように、気管支上皮細胞が剥離して、好酸球の浸潤がある。

気管支喘息の病因

アレルギー性

I型のアレルギー(中心的原因)。感作抗原の再暴露による気道周囲に存在する感作肥満細胞からのケミカルメディエーター(ヒスタミンなど)遊離が契機となる。

物理・化学的

寒冷、NOx、薬物(アレルギーと区別しにくいものも)などによる刺激に伴う気道粘膜の損傷などが契機となる。

心因性

精神・心理状態による気道反応性の変化も考えられる。

感染・炎症

気道狭窄、分泌過多は二次的に感染をともない、それが増悪因子として作用する。

喘息の発現機構
抗原蛋白が抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞)に取り込まれ、細かいペプチドに断片化され、細胞表面のMHCクラスII分子上に提示される。この抗原ペプチドを認識したTh2細胞は活性化され増殖し、サイトカイン(IL-4、IL-5、IL-13)を分泌する。分泌されたサイトカインは、B細胞に働き、IgEを産生する。産生されたIgEは気道粘膜にある肥満細胞(mast cells)表面のIgE受容体と強く結合し、アレルゲンの進入を待ちかまえる(1)。抗原の再吸入により、肥満細胞表面の2つのIgEが架橋されると、ヒスタミン、プロスタグランディン、ロイコトリエンなどが放出されて、気道平滑筋の攣縮性収縮、血管の透過性亢進による浮腫と炎症性細胞の遊出、粘液分泌物亢進と貯留により、喘息発作が生じる(2)。さらに、好酸球の分泌する細胞障害性蛋白により、上皮細胞の剥離(緑色)、線維芽細胞や平滑筋の増殖が引き起こされる(慢性剥離性好酸球性気管支炎)(3)。この過程が繰り返されると気道壁が肥厚し、気道のリモデリングが起こり、難治性喘息となる。副交感神経系は、局所刺激による反射性の気管支平滑筋収縮や気道分泌亢進を引き起こす。

NonAdrenergic Noncholinergic
神経系(NANC)もあり、弛緩性ペプチドやNOを遊離する。循環血液中のアドレナリン、ノルアドレナリンにより平滑筋は弛緩する。局所的には、アレルギー、炎症反応時に遊離されるメディエーター(ヒスタミン、ロイコトリエン、PAFなど)や、Chemotactic factors(サイトカイン類、トロンボキサンなど)の遊離があり、炎症を引き起こす。



3.気管支喘息の治療薬

喘息治療薬は長期管理薬と発作治療薬に分類される。現在、喘息の長期管理薬として第一選択薬は、吸入ステロイドである。大部分の成人および中等症以上の小児の喘息の第一選択薬として位置づけられている。 長期管理薬としてこれと併用する薬物には、テオフィリン徐放製剤、ロイコトリエン拮抗薬、長時間作用型β2刺激薬(Long Acting β2 Agonist=LABA)などがある。発作治療薬としては短時間作用型β2刺激薬(Short Acting β2 Agonist=SABA)がある。

以前は、喘息は可逆性の気管支収縮であるとの見解が有力であったが、1990年代の初めに慢性の気道炎症が基本病態と見なされるようになり、喘息の治療薬の中心が吸入ステロイドへと転換されるに至った。2009年に新しく改訂された「喘息予防・管理ガイドライン2009」では症状が認められる場合は炎症が存在するとの認識のもと、抗炎症治療に重きを置き、治療ステップ1から最も抗炎症効果の高い吸入ステロイドが推奨されている。近年、吸入ステロイドと長時間作用型β2刺激薬の合剤の使用が著しい。


新しいガイドライン

1988年にReedにより喘息の本態が慢性剥離性好酸球性気管支炎によるという考え方が示され、これに伴ってイギリス(1990)を初めとするヨーロッパで吸入ステロイドを基本にしたガイドラインが作成された。一方アメリカでは、喘息の死亡率が増加していることが問題視されたことをきっかけに吸入ステロイドを中心としたガイドラインをNIHがまとめ(1991)、これに伴って日本でも吸入ステロイドを基本にしながら、わが国の現状に沿ったガイドラインが作られ、吸入ステロイドが普及していった。現在では、吸入ステロイド薬を中心に、ロイコトリエン受容体拮抗薬(Leukotriene receptor antagonist: LTRA、テオフィリン徐放性製剤、短時間作用型β2選択性刺激薬(Short-acting β2-agonist: SABA)、長時間作用型β2選択性刺激薬(Long-acting β2-agonist: LABA)、長時間作用性抗コリン薬(Long-acting muscarinic antagonist: LAMA)などが使われている(下図参照)。

喘息治療ステップ(喘息予防・管理ガイドライン2015より転載)


分類

薬物

作用と副作用

アドレナリン作動薬

 

肺気管支平滑筋はβ2受容体により弛緩する。

 

 

 

エピネフリン(epinephrine)
イソプロテレノール(isoproterenol)

第1世代の薬物である。β受容体に働き、気管支筋を弛緩させる。副作用は、血清K+の減少。

テルブタリン(terbutaline)
サルブタモール(salbutamol)

第2世代の薬物。短時間作用型β2選択性刺激薬(Short-acting β2-agonist: SABA)。副作用は、血清K+の減少。

プロカテロール(procaterol)
フェノテロール(fenoterol)
サルメテロール(salmeterol)
フォルモテロール(formoterol)

第3世代の薬物。プロカテロールはSABA、サルメテロールは長時間作用型β2選択性刺激薬(Long-acting β2-agonist: LABA)で、就寝前の内服で夜間の発作に有効。副作用は、血清K+の減少。formoterol は長時間作用型β2刺激薬であるが、salmeterolと比較して親水性が強く、気管支拡張作用発現までの時間は、発作治療に用いられる短時間作用型β2刺激薬と同程度である。

メチルキサンチン誘導体

 

cAMPホスホジエステラーゼ阻害によるとされていたが、局所では阻害濃度に達しないので、アデノシン受容体への作用などが考えられている。

 

 

テオフィリン(theophylline)

治療有効血中濃度;8〜20μg/ml。薬物動態の個人差が大きく、中毒域 が接近しているので、 TDM(血中濃度のモニター)が必要。 副作用は、悪心、嘔吐、痙攣、精神症状など。マクロライド系抗生物質は CYP3A4阻害により、またニューキノロン系抗生物質はCYP1A2阻害によりテオフィリン(theophyllineの血中濃度を高めるので注意。

アミノフィリン(aminophylline)

テオフィリン(theophyllineが2分子とethylenediamine1分子の混合物で水溶性を高めたもの。

糖質コルチコイド

 

炎症、浮腫の抑制、β受容体の感受性回復作用がある。気管支喘息の第一選択薬で、吸入ステロイド薬として用いる。また、予防維持薬として必須である。副作用として、咽喉頭カンジダ症、嗄声など

 

 

ベクロメタゾン(beclomethasone)
フルチカゾン(fluticasone)
ブデソニド(budesonide)

吸入ステロイドで、気管支に直接噴霧する。吸収されてすぐに肝臓で分解されるので、全身への副作用が少ない。

抗アレルギー薬

 

肥満細胞のCa流入から脱顆粒過程を抑制する。発作の予防に有効。

 

  

 

クロモグリク酸ナトリウム(sodium cromoglicate)

吸入薬として使用。小児アトピー型喘息に。

ケトチフェン(ketotifen)
アゼラスチン(azelastine)

上記の作用の他、抗histamine作用があり、眠気を伴う。成人アトピー型喘息に。

トラニラスト(tranilast)
ペミロラスト(pemirolast)

中枢に移行しにくいので、鎮静や眠気が少ない。

抗コリン薬

チオトロピウム(tiotropium)

気道のムスカリン受容体阻害薬で、分泌を抑制する。長時間作用性抗コリン薬(Long-acting muscarinic antagonist: LAMA)で、COPDの第一選択薬である。

オキシトロピウム(oxitropium)短時間作用性抗コリン薬(Short-acting muscarinic antagonist: SAMA)

ロイコトリエン受容体拮抗薬

プランルカスト(pranlukast)
ザフィルルカスト(zafirlukast)
モンテルカスト(montelukast)

好酸球のLTC4に対する受容体CysLT1に拮抗することにより、抗炎症作用および気管支収縮抑制作用を発現する。吸入ステロイドと併用される。

抗トロンボキサン薬

セラトロダスト(seratrodast)

TXA2の気管支収縮に拮抗する。

Th2サイトカイン阻害薬

スプラタスト(suplatast)

IgE抗体産生抑制、好酸球浸潤抑制作用があり予防薬である。

モノクローナル抗体

1.オマリズマブ(omalizumab)

2.デュピルマブ(dupilumab)

1.IgEと直接結合してアレルギーおよび炎症反応を抑制する。既存治療によりコントロールできない重症の喘息に用いる。副作用は、遅発性アナフィラキシー

2.IL-4受容体αサブユニットに特異的に結合することで、IL-4及びIL-13のシグナル伝達を阻害するヒト型抗ヒトIL-4/IL-13受容体モノクローナル抗体。コントロール不良の喘息では、サイトカイン(IL-4、IL-13)が引き起こすType2炎症が気道炎症の主体であり、喘息増悪リスクの増加や呼吸機能の低下の一因とされている。同じサイトカインが関与するとされるアトピー性皮膚炎にも用いられる。

2007年6月にβ2刺激薬のsalmeterolとステロイド薬のfluticasoneの吸入合剤が発売された。また、2010年1月にはβ2刺激薬のformoterolとステロイド薬のbudesonideの吸入合剤が発売された。こちらは、長期管理薬だけでなく、発作治療薬としても使える可能性があり、吸入ステロイド薬(ICS)+長時間作用性β2刺激薬(LABA)の合剤を、定期治療にも喘息発作時の一時的対応のいずれにも用いる治療戦略は、SMART (Single Maintenance and Reliever Therapy) 療法と呼ばれる。

吸入ステロイドと長時間作用型β2刺激薬併用の薬理学的根拠。(1) 長時間作用型β2刺激薬がステロイド受容体の核内移行を増強(2) 吸入ステロイドがβ2受容体の発現を促進


procaterol

 
sodium cromoglicate


4.慢性閉塞性肺疾患COPD

COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は、肺気腫や慢性気管支炎を包括した概念で、治療可能な疾患であると定義されている。1秒率が70%未満が診断基準になっている。COPDは高齢者に多く、40才以上で有病率は8.5%である。原因のほとんどがタバコであるが、その他大気汚染、粉じん、化学物質などにより生じる気道や肺の炎症反応である。気管支喘息と異なり、好中球が炎症反応に主に関係している。喫煙者のうち体質的に感受性のある15-20%が発症する。症状は、労作時の呼吸困難と慢性の咳と痰である。

図は、正常の細気管支と肺胞で、右図は、COPDで、気管支の慢性炎症と 肺胞に破壊と融合がおこり、肺気腫になる。


第一選択薬は気管支拡張薬で、長時間作用型コリン薬(tiotropium)及びβ2刺激薬(salmeterol)である。増悪時には、ABCアプローチ療法(A:Antibiotics、B:bronchodilators、C:corticosteroids)を行う。


COPDの治療COPD診療のエッセンスより転載)


安定期COPDの重症度に応じた管理(治療は薬物療法と非薬物療法を行う。薬物療法では、単剤で不十分な場合はLAMA、LABA併用 (LAMA/LABA配合薬の使用も可)とする。喘息病態の合併が考えられる場合はICSを併用するが、LABA/ICS 配合薬も可。COPD 診断と治療のためのガイドライン2018ダイジェストより転載)

関連サイトの紹介

1、独立行政法人 環境再生保全機構 成人ぜんそくの基礎知識
2、GOLD日本委員会 COPD情報サイト COPDの治療
3、日本呼吸器学会 慢性閉塞性肺疾患(COPD)

(佐伯、久野)