消化器疾患治療薬(Drugs for Gastrointestinal Disorders)

1、消化性潰瘍治療薬(Drugs for peptic ulcer)

ふだん分泌された胃液により、胃の粘膜や胃壁が消化されることはない。粘液分泌、粘膜の血流、必要に応じた細胞増殖、プロスタグランジンの生成などの防御因子の働きによりそれらは守られている。精神的、身体的ストレスが、塩酸、ペプシン、胆汁酸、ガストリンの分泌を促進し、また胃壁の血管の循環障害を生じる。非ステロイド性抗炎症薬などの薬物、飲酒、喫煙、カフェイン飲料などの外的因子も攻撃的因子として働く。そして、防御因子の働きを上回った時に発症し、治療には攻撃因子抑制薬を用いるか、防御因子をより強く働かせる。また、ストレス性潰瘍の治癒期には、胃の粘液層に常在するHelicobacter pylori 菌が攻撃因子として重要な関与をしている。


    

胃酸分泌の機序
副交感神経から分泌されたAch、幽門腺のG細胞から分泌されたgastrin、そしてHistamineが、それぞれ壁細胞に存在するMuscarine受容体(M23)、Gastrin受容体(G)、Histamine受容体(H2)に働き、H+, K+-ATPase(proton pump)を活性化し、胃内にH+を分泌する。Proton pumpは、αとβサブユニットからなる。αサブユニットには、ATP結合部位、輸送されるイオンの認識部位やプロトンポンプ阻害薬の作用部位がある。なお、ATPaseの機能発現には、βサブユニットが必須である。HCL細胞:腸クロム親和性細胞様細胞


1)攻撃因子抑制薬

制酸薬は急性症状の抑制には用いられるが、慢性的な潰瘍の治療薬としては用いられない。

i)胃酸分泌抑制薬

分類

薬物

作用

ムスカリンM1受容体拮抗薬

ピレンゼピン(pirenzepine)

副交感神経節のムスカリン受容体(M1)に働き、Achの分泌を抑えて、胃酸分泌を抑制する。H2受容体拮抗薬より弱い。現在は、ほとんど使われない。

H2受容体拮抗薬

シメチジン(cimetidine)、 ラニチジン(ranitidine)、ファモチジン(famotidine)

H2受容体を介したプロトンポンプを抑制する。分泌抑制は強力。

プロトンポンプ阻害薬(PPI)

オメプラゾール(omeprazole)

ランソプラゾール(ransoprazole)

壁細胞のH+分泌を行うプロトンポンプ(H+, K+-ATPase)を不可逆的に阻害する。このため、胃酸分泌抑制効果は薬物が血中から消失後も持続する。酸による活性化が必要で、作用発現が遅い。作用は強い。ランソプラゾールは、速効性があり、主に非酵素的に代謝されるため、 薬物代謝酵素 CYP2C19 の遺伝子多型の影響を受けにくい。

エソメプラゾール(esomeprazole)オメプラゾール(omeprazole)のS-エナンチオーマであり、オメプラゾール(omeprazole)に比べて1.7倍初回通過効果を受けにくいので、より強い胃酸分泌抑制効果がある。

ボノプラザン(vonoprazan)potassium-competitive acid blocker(P-CAB)で、K+と競合してプロトンポンプを可逆的に阻害する。酸による活性化を必要としないため、作用の発現が速い。既存のPPIに比べて酸に安定で水溶性に優れており、かつ遺伝子多型のある酵素で代謝されない。胃潰瘍を始めとした全ての胃酸関連疾患において、ランソプラゾールに対する非劣性と安全性が各種臨床試験で確認された。

抗ガストリン薬

セクレチン(secretin)、プログルミド(proglumide)

ヒスタミン分泌を行うガストリンの作用を阻害し、作用はH2受容体拮抗薬より弱い。

胃・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎(GERD)には、H2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬(PPI)が用いられる。PPIの使用が圧倒的に多い。


ラニチジン(ranitidine)



オメプラゾール(omeprazole)



ii)制酸薬

胃内の酸を中和あるいは吸着する化合物が用いられる。sodium bicarbante (NaHCO3) や非吸収性のmagnesium carbonate (MgCO3)、 magnesium oxide (MgO) などが用いられる。


2)防御因子増強薬

酸分泌抑制薬と防御因子増強薬との併用には十分なエビデンスがない。

分類

薬物

作用

粘膜保護

ゲファルナート(gefarnat)、 テプレノン(teprenone)、スクラルファート(sucralfate)

制酸作用と抗ペプシン作用を示す。酸性条件下で重合してゲル状となり、長時間粘膜に付着し保護する。エビデンスはあるが、上のような作用機序なので空腹時に服用する必要がある。

胃粘膜微小循環改善薬

セトラキサート(cetrxate)

PGE2、I2合成促進作用を持つ。

プロスタグランジン類

PGE1, E2, I2, misoprostol

胃粘液分泌促進作用、粘膜保護作用、胃酸分泌抑制作用を持つ。


3)Helicobacter pylori 菌

潰瘍のとくに再発相との関連性が指摘されているグラム陰性菌で、強いウレアーゼ活性を持つ。血液より胃粘液に混入した尿素を分解し、アンモニアを発生する。アンモニアにより胃粘膜が障害される。除菌には、抗生物質の アモキシシリン(amoxicillin)とクラリスロマイシン(clarithromycin)とプロトンポンプ阻害薬(ランスプラゾールなど) の3剤併用が標準である。除菌により、潰瘍の再発が減少する。最近、 clarithromycin耐性菌の出現で除菌効果が低下しており、2次除菌としてclarithromycinの代わりにメトロニダゾール(metronidazole)(トリコモナスやアメーバ赤痢などの抗原虫薬)を使った3剤併用や、PPIの代わりにボノプラザンを使った3次除菌が新たに追加された。


2、悪心(嘔気)抑制薬

嘔吐は胃に入った有害物質などを排出する生理的な反射であるが、動揺病(乗り物酔い)、妊娠性悪阻(つわり)、手術後や毒物、薬物によって嘔吐が起こる。対症療法が主であるが、動揺病などの予防に制吐薬が用いられる。嘔吐は延髄の迷走神経背側核付近にある嘔吐中枢が興奮して起こる。嘔吐中枢の興奮は中枢性には第四脳室底の最後野にある chemoreceptor trigger zone (CTZ) に化学物質が作用することにより、また末梢性の刺激により嘔吐中枢への求心路を介しても起こる。癌の化学療法の進歩に伴って、悪心・嘔吐が苦痛度の高い副作用となっている。抗癌剤により、小腸のクロム親和性細胞(EC cells)が障害を受け5-HTやsubstance Pが放出され、迷走神経の5-HT受容体やNK1受容体を刺激して、CTZを興奮させ、悪心・嘔吐が生じる。


1)制吐薬

分類

薬物

主な作用部位

特徴

D2受容体
遮断薬

クロルプロマジン(chlorpromazine)
レボメプロマジン(levomepromazine)
ハロペリドール(haloperidol)
ドロペリドール(droperidol)
スルピリド(sulpiride)

CTZのdopamine受容体とH1受容体遮断。ブチロフェノンやフェノチアジンは、血液脳関門(Blood brain barrier、BBB)を通過するので、CTZ以外に嘔吐中枢のD2受容体も遮断する。

毒素、薬物による嘔吐に有効、動揺病には無効

ドンペリドン(domperidone)
メトクロプラミド(metoclopramide)

臨床でよく用いられるdomperidoneは、BBBを越えないため、CTZのD2受容体のみを遮断する。

抗ヒスタミン薬

ジフェンヒドラミン(diphenhydramine)
マクリジン(macridine)
ジメンヒドリナート(demenhydrinate)

嘔吐中枢のH1受容体の遮断

動揺病の予防、治療

抗コリン薬

アトロピン(atropine)
ブチルスコポラミン(butylscopolamine)
メペンゾラート(Mepenzolate)

ムスカリン受容体の遮断

消化管の緊張低下。メペンゾラートやブチルスコポラミンは下痢を主訴とする過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome: IBS)に使われる。

抗セロトニン薬

オンダンセトロン(ondansetron)
グラニセトロン(granisetron)

求心性迷走神経終末とCTZに存在する5-HT3受容体を遮断

抗癌剤による嘔吐(急性悪心・嘔吐)に有効

抗タキキニン薬アプレピタント(aprepitant)substance P受容体(NK1)
を遮断
抗癌剤による嘔吐(遅発性悪心・嘔吐)にも有効。
CYP3A4で代謝されるので、他の薬物(docetaxelなど)との相互作用に注意


オンダンセトロン(ondansetron)


2)嘔吐中枢への求心路

胃や咽喉頭の粘膜への硫酸銅や機械的刺激により求心路を介して、また apomophine や内耳の前庭などの小脳を介する刺激による chemoreceptor trigger zone の興奮によっても嘔吐中枢が興奮する。有害なものを摂取した時などにこれら催吐薬が用いられる。
  
    

3、下痢、便秘治療薬

消化不良、アレルギー、微生物あるいは寄生虫の感染、薬物中毒などの種々の原因の他神経性にも、腸管の水分吸収障害または分泌促進が起こり、下痢が生じる。本来、下痢は有害物質を排除する生理的反応でもあるが、程度によっては脱水、電解質異常をきたすので、止痢薬を用いる。

1)止痢薬

感染性の下痢の場合は、下痢を止めると病原体の繁殖を促進してしまうことになるので、使用は推奨されない。輸液などで脱水を防ぐ対症療法が中心である。

(1)アヘンアルカロイド(opium alkaloid)と ロペラミド(loperamide)
モルヒネなどのアヘンアルカロイドは腸管平滑筋の痙縮をきたし、運動を抑制する。また、小腸下部と大腸での水分と電解質の分泌を抑制し、吸収を促進する。強力な止瀉薬であるが、薬物依存のため、止痢薬としては吸収されにくく中枢作用のない loperamide が用いられる。

(2)抗ムスカリン薬(anti-muscarinic drugs)
疼痛を伴う下痢には鎮痙作用を期待して ブチルスコポラミン(butylscopolamine) のような anti-muscarinic drugs が用いられる。

(3)腸粘膜を保護する薬物
タンニン酸(tannic acid)、次硝酸ビスマス(bismuth subnitrate) などの収斂薬は、粘膜の蛋白と結合し被膜を作ることにより腸粘膜を保護する。

(4)吸着薬
活性炭、ケイ酸アルミニウム(aluminium silicate) などは腸内の有害物質、細菌毒素、細菌を吸着


2)下剤

便秘は下痢とともに腸疾患として多く認められる。基本的には腸運動を促進する粗繊維の多い食餌、水分の補給、健康管理などにより改善するのが望ましい。腸運動を促進、あるいは便を軟らかくする種々の下剤が用いられる。

(1)塩類下剤
硫酸ナトリウム(sodium sulfate), 硫酸マグネシウム(magnesium sulfate) などは吸収されにくく、浸透圧効果により腸組織から水分を移動させて内容物を膨大、軟化させる。反射的に腸運動を高める。

(2)膨張性下剤
寒天(agar)、メチルセルロース(methylcellulose) などは水分を吸収して膨張し、反射的に腸運動を促進する。

(3)粘滑性下剤
液体パラフィン(liquid paraffin)、オリーブ油(olive oil)などは消化、吸収されることなく、粘膜への粘滑作用、内容物の軟化により、排泄を容易にする。

(4)刺激性下剤
ひまし油(castor oil) は小腸粘膜を刺激し、運動を促進する。また、anthraquinone, emodin などは大腸を刺激して、腸運動を促進する。

慢性の便秘症に対しては、上記の4種類の薬物が30年以上使われてきたが、近年になり、便秘型過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome, IBS)や慢性便秘症に対する以下の新薬が次々に開発された。

(5)クロライドチャネルアクチベーター
ルビプロストン(lubiprostone)は、小腸粘膜上皮細胞に存在するtype2クロライドイオンチャネル(ClC2)を活性化することにより、腸管内への水分の分泌を促進し、便を軟らかくして排便を促する。新しい作用機序の慢性便秘症の治療薬である。塩類下剤が使えない腎不全患者にも使える。

(6)C型グアニル酸シクラーゼ(GC-C)受容体作動薬
リナクロチド(linaclotide)は、腸粘膜上皮細胞上のC型グアニル酸シクラーゼ(GC-C)受容体と結合し、細胞内の環状グアノシン一リン酸(cGMP)の産生を活性化させることで、腸運動を促進し、便秘を改善する。また、細胞外のcGMPの分泌を促し、腹痛を軽減する作用も持っている。

(7)胆汁酸トランスポーター阻害薬
胆汁酸は、肝臓でコレステロールから合成され、胆嚢・胆管を経て十二指腸に分泌される。胆汁酸は、脂肪や脂肪性ビタミンの消化・吸収などに関与する他に、腸粘膜に作用して蠕動運動を亢進し、緩下剤様に作用する。胆汁酸は、そのほとんどが回腸で再吸収されて肝臓に送られ再利用される。この胆汁酸の再吸収には回腸のトランスポーターが関与しており、トランスポーターを介して胆汁酸は体内に再吸収される。エロビキシバット(Elobixibat)は、この胆汁酸トランスポーターを特異的に阻害することで、腸管内の胆汁酸が増え、腸の蠕動運動が活発化するとされている。


4、炎症性腸疾患 (Inflammatory Bowel Disease, IBD) の治療薬

潰瘍性大腸炎(ulcerosa colitis)クローン病(Crohn's disease)が代表的で、大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができ、粘血便や下血や腹痛などの症状がでる原因不明の慢性炎症性疾患である。治療の目標は、大腸の炎症を抑えて症状を鎮め寛解に導くこと、そして炎症のない状態を維持することである。薬物療法としては、5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤が基本薬となり、炎症が強い場合には、ブレドニゾロン(prednisolone、ブデソニド(budesonideなどのステロイド、免疫抑制薬(アザチオプリン(azathioprine、タクロリムス(tacrolimusなど)、抗TNF-α抗体(インフリキシマブ(infliximab、アダリムマブ(adalimumab、ゴリムマブ(golimumabなど)、抗菌薬などが用いられる。

5-ASA製剤(メサラジンmesalazine)、サラゾスルファピリジン(salazosulfapyridine
サラゾスルファピリジンは体内で代謝され、スルファピリジンとメサラジン(5-アミノサリチル酸:5-ASA)に変換される。メサラジンは、T細胞やマクロファージに作用してIL-1, 2, 6 産生を抑制が炎症を抑える。メサラジンを成分とする製剤で主に小腸から大腸にかけてメサラジンが放出されるように造られた製剤がペンタサ®である。また、メサラジンをより大腸で放出されるようし、潰瘍性大腸炎治療により効果をあらわすように造られた製剤(pH依存型放出調節製剤)がアサコール®である。その他、胃内及び小腸付近でのメサラジンの放出が抑制され、大腸付近に移行すると徐々(持続的)にメサラジンが放出されるよう工夫されたメサラジンのフィルムコーティング錠(リアルダ®)もある。メサラジン自体は古い薬であるが、これらのDDS(drug delivery system)製剤の開発によって、潰瘍性大腸炎の治療は飛躍的に進歩した。


関連サイトの紹介

1、難病情報センター 潰瘍性大腸炎 クローン病

(畑、久野)