抗悪性腫瘍薬(Antineoplastic Agents)
癌は、日本人の死亡原因の第1位であり、高齢化と共に増加している。癌は正常細胞と異なる4つの特徴を持っている。1)制御を受けない増殖、2)脱分化と機能消失、3)浸潤、4)転移であり、いずれも、遺伝子変異による遺伝発現の変化により引き起こされる。上記の4点に作用する薬物が臨床で用いられ、また開発されている。
現在のところ、白血病などの一部の癌を除いて、大部分の悪性腫瘍を薬物により完全治癒することは困難であり、外科的摘出、放射線療法の補助手段あるいは症状軽減の手段として用いられる。しかし、最近、癌の増殖や転移に関与する責任分子を特異的に阻害する薬物(分子標的薬)が次々と開発されており、その重要性が増加している。また、T細胞上のPD-1やCTLA-4、あるいはPD-1に結合してT細胞を抑制するがん細胞上のPD-L1に対する阻害抗体(免疫チェックポイント阻害薬)の投与は、多くのがんで一定の割合で、抗がん剤などが効かなくなった患者さんにも治療効果を示すこと報告されるようになった。
薬物療法に使われる薬物には、化学療法薬、分子標的薬、ホルモン関連薬などがある。抗癌薬の効果判定は、生存期間(延命効果)で判断される。一方、奏功率(response rate)は、画像所見で腫瘍径の縮小効果を評価するものであるが、延命効果と必ずしも一致しない。その他、薬物の効果として、自覚症状の緩和やQOL改善も大切である。また、バイオマーカーに基づいて適応が決まる抗悪性腫瘍薬が増えており、従来の臓器別疾患概念が変化しつつある。
1、抗癌薬
分類 | 薬物 | 作用点と副作用 | |
---|---|---|---|
化学療法薬 (Chemotherapeutic agents) | アルキル化薬および関連薬(Alkylating agents and related drugs) | シクロホスファミド(cyclophosphamide) | DNAとcross-link(interstrand linking)することにより、細胞増殖を阻害する。cisplatinは、interstrandとintrastrand linkを引き起こす。cisplatinの特徴は、固形癌に有効なことである。重篤な腎障害作用がある。cyclophosphamidはを出血性膀胱炎、busulfanは肺線維症、cisplatinは腎障害などの副作用。 |
代謝拮抗薬(Antimetabolites) | メトトレキサート(methotrexate) | 腫瘍細胞のDNA前駆体(部品)の合成を阻害することにより抗腫瘍作用を持つ。G0期には作用せず、S期に作用するので、抗腫瘍効果を上げるためには、長時間存在させる必要がある(時間依存性)。methotrexateは口腔粘膜潰瘍と間質性肺炎、mercaptopurineは肝障害などの副作用。 | |
抗生物質(Antibiotics) | ブレオマイシン(bleomycin) | いずれも放線菌から得られたものである。DNAに結合したり、DNA構造に入り込んだり、DNAを切断することにより、DNAの複製やRNA合成を阻害し、抗腫瘍効果を発揮する。bleomycinは肺線維症、doxorubicinは心臓毒性などの副作用。 | |
植物アルカロイド(Plant alkaloids) | ビンクリスチン(vincristine) | ビンカアルカロイドは、tubulinと特異的に結合することにより、分裂細胞の紡錘糸(spindle fibers)の形成を阻害することにより作用を発揮する。M期特異的であり、時間依存性である。 | |
分子標的薬 | 低分子 | 1. イマチニブ(imatinib) | 1.Bcr-Ablチロシンキナーゼを阻害する。慢性骨髄性白血病。現在ではより阻害力の強いニロチニブ(nilotinib)や他のキナーゼも阻害するダサチニブ(dasatinib)などのBcr-Ablチロシンキナーゼ阻害薬が慢性骨髄性白血病に用いられている。 |
モノクローナル抗体 (mAb) | 1. トラスツズマブ(trastuzumab) | 1.HER2に特異的に結合するmAb。乳癌。副作用は心臓毒性。 | |
免疫チェックポイント阻害薬 7. アテゾリズマブ(atezolizumab) 8. イピリムマブ(ipilimumab) | 6.T細胞にはPD-1分子(免疫チェックポイント分子)が存在し、癌細胞表面のPD-L1やPD-L2と結合するとT細胞の免疫活性が抑制される。nivolumabとpembrolizumabはPD-1と結合することによりT細胞の免疫活性抑制を解除する。悪性黒色腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌、根治切除不能又は転移性の腎細胞癌、再発又は難治性の古典的ホジキンリンパ腫、再発又は遠隔転移を有する頭頸部癌、がん化学療法後に増悪した治癒切除不能な進行・再発の胃癌、がん化学療法後に増悪した切除不能な進行・再発の悪性胸膜中皮腫など多くの癌治療に用いられている。 | ||
ホルモン関連薬(Hormones) | 1.プレドニゾロン(prednisolone) | 1. 白血病の治療に用いられる。 | |
その他 | L-アスパラギナーゼ(L-asparaginase) | L-アスパラギンを分解する酵素で、急性白血病や悪性リンパ腫に使用。正常細胞では細胞内でL-アスパラギンを合成するので、細胞外から取り込む必要がないが、増殖の速いがん細胞では、細胞外のL-アスパラギンを取り込む必要がある。L-アスパラギナーゼは細胞外のL-アスパラギンを分解し、がん細胞が必要とするL-アスパラギンを減らす。 |
2、化学療法薬の作用機作
cisplatin
cyclophosphamide
methotrexate
5-FU
mitomycin C
3、抗癌薬の副作用
生体組織で絶えず再生されている細胞である胃腸管上皮、骨髄、毛根、膀胱上皮細胞
などが障害を受ける。
1)一般的な化学療法による副作用と起こる時期
(がん研究振興財団パンフレット「抗がん剤治療を安心して受けるために」より一部改変)
治療日 | 1週間以内 | 1~2週間後 | 3~4週間後 | |
---|---|---|---|---|
自分でわかる副作用 | アレルギー反応、悪心・嘔吐、 血管痛、発熱、便秘 | 疲れやすさ、だるさ、食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢 | 口内炎、下痢、食欲不振、胃もたれ | 脱毛、皮膚の角化やしみ、手足のしびれ、膀胱炎 |
検査でわかる副作用 | 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)、肝障害、腎障害 |
2)主な抗がん剤の副作用一覧
(日本乳癌学会ホームページより一部改変)
薬物名 | 骨髄抑制 | 吐き気・嘔吐 | 脱毛 | その他 |
---|---|---|---|---|
シクロホスファミド(cyclophosphamide) | ◎ | ○ | ○ | 出血性膀胱炎(◎),抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH),肺線維症 |
メトトレキサート(methotrexate) | ○ | △ | △ | 肝障害,高用量で腎障害,神経障害 |
フルオロウラシル(5-FU) | ○ | △ | △ | 下痢,口内炎,小脳失調,心筋虚血 |
テガフール・ギメラシル・オテラシル(tegafur/gimeracil/oteracil) | ◎ | △ | ─ | 下痢,口内炎 |
カペシタビン(capecitabine) | ○ | ○ | ○ | 手足症候群(○),心障害,肝障害 |
ドキソルビシン(doxorubicin) | ◎ | ◎ | ◎ | 心毒性(◎) |
エピルビシン(epirubicin) | ◎ | ◎ | ◎ | 心毒性 |
ビノレルビン(vinorelbine) | ◎ | △ | ─ | 静脈炎,腸管麻痺,間質性肺炎,気管支けいれん |
パクリタキセル(paclitaxel) | ◎ | △ | ◎ | アレルギー反応,末梢神経障害(◎) |
ドセタキセル(docetaxel) | ◎ | △ | ◎ | 浮腫,発疹,アレルギー反応、末梢神経障害 |
エリブリン(eribulin) | ◎ | △ | ○ | 末梢神経障害 |
イリノテカン(irinotecan) | ◎ | △ | ○ | 下痢(○) |
ゲムシタビン(gemcitabine) | △ | △ | △ | |
シスプラチン(cisplatin) | ○ | ◎ | △ | 腎障害(◎)、聴力障害、神経障害、低Mg血症 |
カルボプラチン(carboplatin) | ◎ | ◎ | △ | 腎毒性(◎) |
トラスツズマブ(trastuzumab) | ─ | ─ | ─ | 発熱(○),悪寒(○),全身倦怠感,インフュージョンリアクション,心毒性 |
ペルツズマブ(pertuzumab) | ─ | ─ | ─ | トラスツズマブに準じる |
トラスツズマブエムタンシン(trastuzumab/emtansine) | ○ | ○ | ─ | 肝障害,頭痛 |
ラパチニブ(lapatinib) | ─ | ─ | ─ | 下痢(○),発疹(○),爪囲炎,皮膚障害 |
ベバシズマブ(bevacizumab) | ─ | ─ | ─ | 高血圧(○),たんぱく尿(○),鼻出血(○) |
エベロリムス(everolimus) | ○ | △ | ─ | 間質性肺炎(◎),感染症(◎),口内炎(○),発疹 |
◎⇒特に注意すべき副作用 ○⇒注意すべき副作用 △⇒軽度の副作用
3)副作用に対する対策
副作用 | 対策 |
---|---|
吐き気・嘔吐 | セロトニン5-HT3受容体拮抗薬(トロピセトロン、オンダンセトロン、グラニセトロン、ラモセトロン)、substance P受容体(NK1)拮抗薬のアプレピタント(aprepitant)、ステロイド(デキサメタゾン)などを用いる。 |
白血球減少(好中球減少) | 発熱性好中球減少症の発症率が高い化学療法を行う場合、発症を予防するために顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を用いる。抗菌薬も用いられる。 |
心毒性 | ドキソルビシンなどのアントラサイクリン系薬物の使用をできるだけ避け、使用する場合は心電図や心エコーなどによる経過観察を行う。 |
4、治療の工夫
濃度依存性 | 癌細胞との接触時間は短くても、濃度が一定以上あれば効力がでる(殺細胞的)。 | 抗癌抗生物質、アルキル化薬 |
時間依存性 | 濃度が低くても、接触時間が長ければ効力が出る(静細胞)。 | 代謝拮抗物質、植物アルカロイド |
多剤併用(combination therapy) | 作用点や副作用の異なる薬物を併用することにより、効果を上げることができる。 |
DDS(drug delivery system) | 腫瘍局所に高濃度の薬物が集積するようにするシステム。ミサイル療法など。 |
ロイコボリン(leucovorin)救援療法 | ある種の癌細胞では能動的なmethotrexate (MTX)の取り込み機能が欠落している。まず、MTXを大量投与して受動的に取り込ませ、一定時間後にMTXの解毒薬である活性葉酸補酵素leucovorin(LV)を投与して、能動的にLVを取り込むことのできる正常細胞を救援する。このようにして、MTXの大量投与が可能になる。 |
5、多剤耐性(multidrug resistance)
抗癌剤の排出ポンプ蛋白質であるp-glycoprotein(150kDa)が誘導され、抗癌剤を排出するために、癌細胞内の薬物濃度が低下する。例えば、doxorubicinとvincristineとの間に交差耐性がでる。
話題
以下は、子宮頸がんワクチンの安全性を発信してきた功績で、、Nature誌などが主催する「ジョン・マドックス賞」を受賞した村中璃子氏の記事です。
2018年ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授は、現地時間の12月8日13時半より、ストックホルム市内のホテルにてノーベル・スピーチ後、初となる記者会見を開いた。会見の最後にNHKの記者が、子宮頸がんワクチン問題を含む日本の医療政策における課題に関するコメントを求めると本庶氏は、「NHKさんがこの問題を取り上げることは非常にいいことだと思う。マスコミはきちんとした報道をしていただきたい」と述べた。
また、「子宮頸がんワクチンの副作用というのは一切証明されていない。日本でもいろいろな調査をやっているが、因果関係があるという結果は全く得られていない。厚労省からの(積極的接種)勧奨から外されて以来、接種率は70%から1%以下になった。世界で日本だけ若い女性の子宮頸がんの罹患率が増えている。一人の女性の人生を考えた場合、これは大変大きな問題だ。マスコミはワクチンによる被害を強く信じる一部の人たちの科学的根拠のない主張ばかりを報じてきた」と続けた。
医学や科学の問題について論じる際にマスコミ関係者に注意してほしい点として、「科学では『ない』ということは証明できない。これは文系の人でも覚えておいてほしいが、科学では『ある』ものが証明できないことはない。『証明できない』ということは、科学的に見れば、子宮頸がんワクチンが危険だとは言えないという意味だ」と述べ、「なぜこれを報道しないのか。先日学会でも講演したが、ルワンダなど(リソースの少ない国)でもワクチンを導入して子宮頸がんが減っている」とコメント。
「このことに関し、はっきり言ってマスコミの責任は大きいと思う。大キャンペーンをやったのは、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞。メジャーなところが全部やった。そしてNHKも責任の一端があると思う。今からでも遅くないから、きちんと報道してほしい。実害が生じている」と述べ、主要報道機関が誤った情報を広げたことにより、日本人女性が必要なワクチンの接種を差し控えている現状について警鐘を鳴らした。(m3.con ニュース・医療維新 2018年12月11日 (火)配信、記事をみる)
オプジーボと同様の作用をする免疫チェックポイント阻害剤「キイトルーダ(一般名・ペムブロリズマブ)」について厚生労働省の部会は2018年11月29日、遺伝子検査で薬がきくとわかれば、血液がんを除く成人の全てのがんで使うことを了承した。標準治療が困難な場合に限るが、臓器に軸をおかずに薬の使用を認めるのは初。キイトルーダは現在、悪性黒色腫や肺がん、ホジキンリンパ腫、尿路上皮がんの一部に対し承認されている。一部の患者に高い効果がみられるが、その割合は2割程度のため、効果が事前に予測できる指標が求められてきた。今回の指標は、傷ついた遺伝子がどの程度修復できるかみる「マイクロサテライト不安定性(MSI)」。MSIが高いと遺伝子変異数も多く、腫瘍の中に免疫にとってがんの目印になる物質も多く、免疫チェックポイント阻害剤が効きやすいとされる。2017年の5月23日、米国食品医薬品局(FDA)は「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)またはミスマッチ修復機構の欠損(deficient mismatch repair: dMMR)の固形がん」を対象として、キイトルーダ®(一般名・ペムブロリズマブ)について、承認を行ったと発表した。今回の承認は、アメリカの判断に追従するもの。(2018年11月30日朝日新聞デジタルの記事より、抜粋、関連記事をみる)
関連サイトの紹介
1、慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト 先端医科学研究所 がん免疫療法~免疫チェックポイント阻害薬
2、国立がん研究センター「がん情報サービス」薬物療法 もっと詳しく
(三木、久野)