気分障害治療薬(Drugs for Mood disorders)

気分障害は、これまでの「躁うつ病」とほぼ同じであるが、単極性障害(うつ症状のみの大うつ病と気分変調症)と双極性障害(躁とうつ症状を繰り返す)に分けられている。感情障害を主症状とし、人格の荒廃を来さない。

うつ病の生涯有病率は約6.5%で、女性は男性の2倍である。双極性障害は人口の約1%に見られる。

双極性障害のうつ病エピソード(双極性うつ病)は、過少診断されがちで、難治例が多く、自殺のリスクが高く、躁転リスクがあるなどの問題を抱えている。


A.抗うつ薬(Antidepressants)


1、 うつ病の症状

ほとんどすべての 活動と娯楽への興味や喜びの消失、他人に理解できない苦悩や悲哀 感、強い自責の念、朝に症状が強い。思考障害はない。15%が自殺を企てる。


2、 抗うつ薬の発見と生体アミン仮説

1) 生体アミンを枯渇させるレセルピン(reserpine)投与でうつ状態になる。

2) 抗結核薬のイプロニアジド(iproniazid)を投与した患者の気分が高揚 する。この作用がmonoamine oxidase(MAO)阻害によることが明らとなる。

3)イミプラミン(imipramine)などのアミン取り込み阻害薬 が治療効果を示す。

4) うつ病患者で、脳脊髄液中の、ノルエピネフリン(norepinephrine, NE)とその代謝物(HVA、MHPG)の減少がみられ る。

5) うつ病患者で、脳脊髄液中のセロトニン(5-HT)の代謝産物(5-HIAA)の減少がみられる。

6)PET解 析で、側頭葉や中脳縫線核において、5-HT1A受 容体の減少がある。

7)原因遺伝子:現在不明である。統合失調症と双極性障害の間に遺伝的つながりがあることが示された。2疾患の共同解析で、CACNA1C、ANK3、ITIH3-ITIH4領域の3座位が両疾患と関連していた。特に、L型電位依存性カルシウムチャネルのCACNA1Cは双極性障害(躁鬱病)で最も注目されている。神経栄養因子:うつ病で血中BDNFレベルが低下している。抗うつ薬投与で動物の脳内BDNFが増加する。

      

3、 うつ病の治療薬

主にセロトニンやノルエピネフリンなどのモノアミンのトランスポーターによる再取り込みを阻害することで、これらの伝達物質の作用を増強して効果が発現すると考えられている。最初に登場した三環系抗うつ薬は、抗コリン作用や抗α1作用、過量での致死性などの副作用があったため、抗コリン作用の少ない四環系、さらに副作用の少ない選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン作動性・特異 的セ ロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)が開発された。

抗うつ薬 の分類

作用機 作、特徴および副作用

三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressants)

NEと5-HTに 対しては、取り込み抑制が受容体遮断作用より強い。抗ACh、 抗His(H1)作 用がある。正常人にはほとんど作用なし。効果が出るのに3-4週かかる。その間、思考力や集中力の低下をきたす。抗コリン作用は強く、口渇、便秘、頻脈、排尿障害などがみられる。その他、起立性低血圧(α1の遮断による)。緑内障には禁忌。

四環 系抗うつ薬(tetracyclic antidepressants)

ACh性受 容体の遮断作用は弱い。抗5-HT、抗α2、抗His(H1)作 用がある。有効スペクトルが広い。不安、不眠、食欲不振に有効。速効性で抗コリン作用は少ない。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin-reuptake inhibitors, SSRI)

副作用が少ない。不安障害(パニック障害、恐怖性障害、外傷後ストレス障害、強迫性障害など)にも有効。リチウム(lithium)や他のセロトニン作用薬との併用によりセロトニン症候群(錯乱、発熱、ミオクローヌス、筋硬直など)が生じることがある。5-HT3受容体刺激による悪心・嘔吐や下痢、5-HT2受容体刺激による性機能障害などをおこすことがある。

セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin-norepinephrine reuptake inhibitors, SNRI)

第4世代薬であり、5-HTとNEの 取 り込みを同程度に阻害し、他の受容体との親和性を示さないのが特徴である。抗うつ効果はSSRIよりも強く、5-HT1Aの脱感作が速いため に、より速効性である。抗コリン作用はほとんどない。卒中後のうつ病 にも有効。不安障害 にも有効。NEは慢性疼痛にも関与するので、糖尿病性神経障害、線維筋痛症、腰痛などの慢性疼痛にも使用される。NE受容体刺激による尿閉、頭痛、頻脈・血圧上昇などをおこすことがある。

ノルアドレナリン作動性・特異 的セ ロトニン作動性抗うつ薬(noradrenergic and specific serotonergic antidepressant, NaSSA)

セロトニン神経のシナプス前α2ヘテロ受容 体を阻害し、セロトニンの遊離を加させる。増加したセロトニンは、後シナプスの5-HT1受 容体(抗うつ効果)を選択的に活性化さ せる。5-HT2や3受容体を阻害するので焦燥感や衝動性などの副作用が出にくい。また、ノルアドレナリン神経に対してもシナプス前α2受容体を阻害しノル アドレナリンの遊離を増加させる。トランスポーターの阻害作用は弱い。抗H1作用による催眠や体重増加をおこすことがある。

(注)MAO阻害薬は、肝障害や薬物相 互作用を起こしやすいので、製造中止となっている。同じくMAO阻害薬のselegilineもうつ病には使用されない。
(注)双極性うつ病の躁転リスクは、SSRIでは2-3%、三環系抗うつ薬では11%位、SNRIではSSRIより少し高い。従って、双極性うつ病には抗うつ薬(特に三環系抗うつ薬)を単独で用いることは推奨されない。

イミプラミン(imipramine)

 


フルボキサミン(fluvoxamine)


4、イミプラミン(imipramine)の作用機作の模式図

イミプラミンは、12 回膜貫通型アミントランスポータを抑制することにより、遊離 されたNAや5-HTの 再取り込みを阻害 する。

イミプラミンの治療効 果発現までに時間がかかる理由
イミプラミン投与初期においては、5-HTの再取り込み 抑制によりシナプス間隙の5-HTが増加するが、これにより前シナプス膜の5-HT1A autoreceptorが 活性化され、神経発火頻度の抑制と5-HT遊離の抑制が起こるので、シナプス間隙での5-HTのレベルは増加しない。しかし、1-2週間経つと、シナプス前のautoreceptorは脱感作され、発火頻度 と5-HT遊 離の抑制がとれ、シナプス間隙の5-HTが増加するようになる。さらには、 後シナプス膜の5-HT受容体のsensitizationも生じるために、5-HTの作用が増強される。また、後シナプス膜のβ受容体のdown regulationも生じ る。β受容体の変化は抗うつ作用の基本に関係していると考えられるが詳細は不明である。


5、 各薬物の薬理活性の比較

 分類

薬物

取り込み阻害など

NE RI (nM)

5-HT RI (nM)

鎮静作用

抗コリン作用

三環系

イミプラミン(imipramine)

5-HT and NE

   37

      1.4

++

+++

デシプラミン(desipramine)

NE and 5-HT

    0.8

    17.5

+

+

アミトリプチリン(amitriptyline)

5-HT and NE

  35

      4.3

+++

+++

ノルトリプチリン(nortriptyline)

NE and 5-HT

    4.4

    18.5

++

++

四環系 

ミアンセリン(mianserin)

シナプス前α2阻害

    71

4000

+++

+

マプロチリン(maprotiline)

NE and 5-HT

    11

5900

++

++

SSRI 

フルボキサミン(fluvoxamine)

5-HTに選択的

 1300

   2.2

+

+

パロキセチン(paroxetine)

5-HTに選択的

  40

      0.1

+

0

セルトラリン(sertraline)

5-HTに選択的

 900

   1.0

+

0

SNRI 

ミルナシプラン(milnacipran)

NEと5-HTに選択的

   83

     9.1

0

0

デュロキセチン(duloxetine)

NEと5-HTに選択的

    7.5

     0.8

0

0

NaSSA

ミルタザピン(mirtazapine)

NEと5-HTの取り込み阻害は、α受容体阻害よりも弱い。

+

0

Mus作 用:抗ムスカリン作用、 RI:取り込み阻害をIC50値 (nM)で表示。数字が小さいほど阻害 作用が強い。

 

B.抗そう薬(Antimanic drugs)


1、 そう病の症状

不 眠、多弁、他人への干渉、観念奔逸、病的意欲亢進、社会的逸脱行為などが見られ る。


2、 治療薬

1)炭酸リチウム(Lithium carbonate)

1949年にリチウムがそう病に有効なことが発 表され た。  

薬理作用

そう・うつ病ともに有効である。作用発現までに数日から数週かかる。従って、急性患者には向精神薬を用いる。70-80%のそう・うつ病の発病を押さえる予防効果がある。治療の初期血中濃度は、0.8-1.2mEq/Lである。類似した薬物は現在のところ知られていない。

副作用

体内 に蓄積されやすく副作用が出やすいので、TDM(Therapeutic drug monitoring)が必要である。1.5mEq/Lを越えると中毒症状がでる。悪心嘔吐などの消化器症状、多尿、振戦、全身倦怠などが生じる。長期投与により、皮膚症状、瀰漫性甲状腺肥大や心臓、腎臓の障害がでることがある。

作用機序

Na-K-ATPase活性 抑制、adenylate cyclase活 性抑制、phosphatidyl inositides代謝回転抑制、GSK3活性抑制、IMPase活性抑制などがあげられているが、正確な機序は不明で ある。


2) Mood-stabilizing anticonvulsants カルバマゼピン(carbamazepine), バルプロ酸(valproate), クロナゼパム(clonazepam

てんかんで、そう病を発症した患者が、抗てんかん薬でそう症状が改善したことか ら、用いられるようになり、気分安定薬と呼ばれている。抗てんかん作用に比べて、抗そう作用は発現までに時間がかかるので、抗てんかん作用とは、作用機作が異なると考えられている。最近、これらの気分安定薬が、lithiumと同じく、IP3レベルの低下を引き起こすことが示された。


3) ラモトリギン(Lamotrigine)

抗てんかん薬の治療を受けている患者で葉酸欠乏が見られたので、抗葉酸作用を持つ薬物としてlamotrigineが見出された。双極性障害の気分エピソードの再発と再燃抑制の作用がある。重大な副作用としてStevens-Johnson症候群やLyell症候群が現れることがある。グルクロン酸転移酵素で代謝されるので、グルクロン酸抱合に影響を与える薬物(バルプロ酸やカルバマゼピン(carbamazepine)など)との併用には注意が必要である。


話題

117研究のメタアナリシス(患者2万5千人)により、新世代の12種の薬物について効果を 比較した。薬物「escitaloprammirtazapinesertralinevenlafaxine」は、 他の薬物「fluoxetineparoxetinereboxetine」に比べて有効性が高かった。reboxetineは 最も有効性が低かった。中でも2薬物「escitalopramsertraline」は 最も認容性が高く、中断も少なかった。Sertralineが、 うつ病の初期治療に最適の選択薬である と考えられる。( A.Cipriani et al, Lancet 373, 746, 2009、論文をみる)

遺伝学的解析が始まった1990年代に、ヒトのセロトニントランスポーターをコードする遺伝子に多型が存在することが発見され、その多型とうつ病や性格との関連についての研究が世界中で盛んに行われました。具体的には、セロトニントランスポーター遺伝子には、短いS型と長いL型の2種類があります。S型を2本持つSS型、L型を2本持つLL型、そしてS型とL型を1本ずつ持つSL型に分類されます。そして、SS型の人はSL型、LL型よりも不安を感じやすいかつうつ病になり易いという2003年にScience誌に発表された論文がインパクトを与えました。しかし、2017年4月に発表されたメタ解析の結果、この仮説は否定されました(R. C. Culverhouse et al. Mol Psychiat 23, 133, 2018、論文をみる


関連サイトの紹介

1、管理薬剤師.com 抗うつ薬(三環系・四環系・SSRI・SNRI・NaSSA他)
2、脳科学辞典 統合失調症 抗うつ薬

(三木、久野)