心不全治療薬(Drugs for Cardiac Failure)

心不全とは、心臓のポンプとしての機能が衰え、十分な血液を送り出したり、戻ってきた血液を取り込めなくなった状態である。心不全の本態は、心拡張機能不全と、続く左房圧の上昇である。心不全は高齢化が進むと共に増加し、その原因は虚血性心疾患が1/3、高血圧が1/3、弁膜症が1/3を占めている。動脈硬化による大動脈弁狭窄、大動脈弁逆流や僧房弁逆流と、心筋症などが心不全を引き起こす。

心不全による5年生存率は 50%と予後は良くない。心不全の怖さを国民に理解して貰うため、日本循環器学会と日本心不全学会は、「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。」を策定しました(参照:http://www.asas.or.jp/jhfs/)。国立循環器病センターの循環器病情報サービスによる心不全についての一般情報はこちら、最新治療についてはこちらを参照されたい。

心不全は、収縮性不全(従来の心不全、heart failure with reduced ejection fraction, HFrEF)と拡張性不全(heart failure with preserved ejection fraction, HFpEF)の2つに分類されている。拡張性心不は、心不全の約40%を占め、半数は高齢の女性である。高血圧、心房細動、貧血が原因と考えられている。収縮性心不全は心筋細胞の減少に伴う血液駆出の低下により、拡張性心不全は心筋の線維化により生じる。


1、Cardiac failure(心不全)

急性心不全は、心臓のポンプ機能が突然傷害され、組織が必要とする酸素供給を得ることができない状態である。傷害された心機能を代償するために、次の過程が生じる。

a)腎でのNaと水の再吸収を増加させ、循環血液量を増加させ、Frank-Starling機構を動員する。
b)末梢細動脈を収縮させ末梢循環を犠牲にして、中央循環を維持する。
c)交感神経の活性化により心拍数を増加させ駆出量を多くする。

しかしながら、a)では肺うっ血や浮腫を、b)では末梢組織の酸素不足を引き起こし、c)では不整脈の危険率を高める。

慢性心不全は、心拡張機能不全と左房拡大による、運動耐容能の低下、うっ血・浮腫、重症心室性不整脈を伴う症候群である。心機能障害による機械的負荷が慢性的に持続するので、心筋は収縮蛋白質を増加させ、心肥大がおこる。これらの変化を「心室リモデリング」と総称する。交感神経系やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系に代表される神経内分泌系因子が著しく亢進し、心室リモデリングを引きおこし、病態を悪化させている。


2、Frank-Starlingの法則による心不全の代償機序

心障害により心拍出量が十分に得られない(N→A)と、拡張終期圧と容積が増加し、Frank-Starlingの法則により、収縮力が増加し血液を排出しようとする(A→B)。しかし、これにより静脈圧が上昇し、肺うっ血による呼吸困難が生じる。さらに、交感神経の亢進により、末梢血管抵抗の増加と心拍数の増加、および腎血流量の低下が起こり浮腫が生じる。Digitalisを投与したときは、心拍出量が増加(B→C)し、血液がより排出されるので、拡張終期圧の減少(C→D)が起こる。


3、心不全の治療目標と治療薬


A、治療目標

急性心不全と慢性心不全では治療の目標が異なる。

心不全

治療目標

治療薬

急性心不全(心筋梗塞などによる)

組織に十分な酸素供給を回復させる。これにより、(1)救命、生命徴候の安定、(2)呼吸困難などの自覚症状改善、(3)臓器うっ血の軽快 を図る。

心収縮性の改善、前負荷の軽減、後負荷の軽減させる薬物を用いる。また、低酸素血症には酸素投与を行う。

慢性心不全

神経内分泌系因子の阻害により、心室リモデリングを抑制し、QOLの向上と延命を図る。

収縮性の改善が大切で、陽性変力作用を持つ薬物の投与を行う。また、肺うっ血を軽減するために、前負荷および後負荷を減少させる薬物を使用する。

注)ポンプ機能としての心臓に対する静脈系からの容量負荷を前負荷(preload)とよび、動脈系の血管抵抗による圧負荷を後負荷(afterload)という。


B、心不全に用いる薬物

心不全の時に亢進する血管を収縮させる因子(angiotensin IIなど)を抑制すると、1)血行動態の改善、2)心臓肥大の改善、3)致死的不整脈の抑制を引き起こし、死亡率を低下させることが証明されている。

分類

薬物

特徴

強心配糖体(Cardiac glycosides)

ジギトキシン(digitoxin)
ジゴキシン(digoxin)
G-ストロファンチン(G-strophanthin)

心筋に働き、不全心筋の収縮力を強める。

アドレナリンβ受容体作用薬

ドブタミン(dobutamine)
イボパミン(ibopamine)
ブトパミン(butopamine)
ドパミン(dopamine)

強い強心作用持ち、心原性ショックに用いられるが、慢性心不全には用いられない。dopamineはβ1受容体刺激以外にD1受容体を刺激して腎動脈を拡張し、糸球体ろ過率の増加により利尿効果を示すので、急性心不全に用いられる。

ACE阻害薬

カプトリル(captopril)
エナラプリル(enalapril)

血管拡張作用があり、前負荷(preload)および後負荷(afterload)を軽減させる。心筋梗塞後のリモデリング抑制により延命効果がある。

アンギオテンシン(angiotensin) II 受容体拮抗薬(ARB)カンデサルタン(candesartan)
ロサルタン(losartan)
バルサルタン(valsartan)

ACE阻害薬と効果は同等である。(angiotensin II 産生系をみる
ネプリライシン(neprilysin)阻害薬(NI)サクビトリル(sacubitril)neprilysinは膜貫通性の蛋白分解酵素で、βアミロイド蛋白やナトリウム利尿蛋白(hANP、BNP)などを分解する。neprilysin阻害薬はhANPやBNPの分解を抑えることにより、血圧を下げ、血管を拡張させ心不全を改善する。ARBとの合剤、アンジオテンシン受容体-ネプリライシン阻害薬 (Angiotensin receptor-neprilysin inhibitor, ARNI)として慢性心不全に用いられる。拡張型心筋症による心不全にも有効である。

phosphodiesteraseIII阻害薬

アムリノン(amrinone)
ミルリノン(milrinone)
olprinone

陽性変力作用を持つ。また、末梢血管拡張作用を持ち、後負荷の軽減と、冠血管拡張作用がある。

血管拡張薬

ニトロプルシド(nitroprusside)
ニトログリセリン(nitroglycerin)

血管を拡張させ、前負荷および後負荷を軽減させる。高血圧のある急性心不全によく効く。

利尿薬

フロセミド(furosemide)
スピロノラクトン(spironolactone)
エプレレノン(eplerenone)
トルバプタン(tolvaptan)

循環血液量減少による前負荷の軽減作用。肺浮腫を改善する。チアジド系利尿薬も併用される。スピロノラクトン投与群は非投与群に比べ、全死亡リスクが有意に低下。心臓死リスクも有意に低下した。eplerenoneはACE阻害薬と併用すると、症状が改善する。リモデリング抑制作用があり、慢性腎不全に有効である。tolvaptanは低Na血症とうっ血・浮腫の改善効果がある。

アドレナリンβ受容体遮断薬

 

カルベジロール(carvedilol)
メトプロロール(metoprolol)
ビスプロロール(bisoprolol)

逆効果のようであるが、1970年代に提唱された。数ヶ月で症状が改善する。全てのβ遮断薬が有効ではない。carvedilolはαβ遮断薬で、心不全により亢進した交感神経系に拮抗し、かつα1遮断作用により血管拡張作用も有し、心室性不整脈を直接的に予防する。また、心不全時には、筋小胞体のCa 貯蔵が過剰(Ca 過負荷)となり、筋小胞体からの自発的なCa放出(store overload-induced Ca release)が引き起こされる。carvedilolはこれを抑制する。慢性心不全の生命予後を有意に改善する。

上記の薬物以外に、塩酸モルヒネは、急性心不全時に、著しく亢進した交感神経緊張の鎮静による細動脈及び体静脈拡張作用を介した肺うっ血の改善を目的として使用されることが多い。慢性腎不全に対しては、利尿薬とジギタリス製剤が、従来から一般的に使用されてきた。また、心房細動や心臓の働きが高度に低下している場合、脳梗塞などの予防のためにワルファリンが使用される。また、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン拮抗薬、アルドステロン拮抗薬、β遮断薬などが、心不全の悪化を防ぎ、長期的な予防に効果のあることが証明されている。患者の状態によってこれらの薬物が組み合わせて使用される。慢性心不全は、これらの薬物により心臓の働きや症状が劇的に回復することがあるが、治癒したわけではないので、自己判断で中止しないように指導する必要がある。

以下は、日本心臓財団のホームページに掲載されている「慢性心不全治療ガイドライン・エッセンシャル」からの引用。


慢性心不全治療ガイドライン・エッセンス

心不全の重症度分類
1)NYHA(New York Heart Association)分類
Ⅰ度:心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では著しい疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じない。
Ⅱ度:軽度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常的な身体活動で疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じる。
Ⅲ度:高度な身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常的な身体活動以下の労作で疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じる。
Ⅳ度:心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛が安静時にも存在する。わずかな労作でこれらの症状は増悪する。
(付) Ⅱs 度:身体活動に軽度制限のある場合
        Ⅱm 度:身体活動に中等度制限のある場合

2)AHA/ACC (American Heart Association / American College of Cardiology)ステージ分類
ステージA:危険因子を有するが、心機能障害がない
ステージB:無症状の左室収縮機能不全
ステージC:症候性心不全
ステージD:治療抵抗性心不全

 
心不全の重症度からみた薬物治療指針

「循環器病の診断と治療に関するガイドライン:慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010matsuzakih.pdf (2013年8月閲覧)」より

経口心不全治療薬の選択
クラスⅠ 通常適用され、常に容認される治療
1 禁忌となる場合を除いて、ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬を使用する。
2 ACE阻害薬に忍容性のない場合はARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)を使用する。
3 頻脈性心房細動ではジゴキシン投与
4 症状のある患者ではβ遮断薬の導入
5 うっ血症状があるときにはループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬
6 利尿薬、ACE阻害薬がすでに投与されている重症患者への抗アルドステロン薬
 
クラスⅡa 有用であることが支持される
1 洞調律の患者にジギタリスの投与
2 ARBとACE阻害薬との併用
3 経口強心薬の短期投与
4 無症状の左室収縮機能不全患者へのβ遮断薬導入
5 重症不整脈とそれに基づく心停止の既往のある患者へのアミオダロン投与
 
クラスⅡb 有用であることが確立されていない
1 硝酸イソソルビトとヒドララジンの併用
2 β遮断薬導入時の経口強心薬の併用
3 ループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬、抗アルドステロン薬以外の利尿薬
 
クラスⅢ 一般に適応とならない、あるいは禁忌ともいわれる
1 無症状患者への経口強心薬の長期投与
2 狭心症、高血圧がない患者へのカルシウム拮抗薬
3 クラスⅠ抗不整脈薬の長期経口投与 

「循環器病の診断と治療に関するガイドライン:慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010matsuzakih.pdf (2013年8月閲覧)」より

*クラスⅠ:エビデンスから通常適応され、常に容認される
 クラスⅡa:エビデンスから有用であることが支持される
 クラスⅡb:有用であるエビデンスはまだ確立されていない
 クラスⅢ:一般に適応とならない、あるいは禁忌である

急性心不全治療ガイドライン・エッセンスはこちらを参照



1)強心配糖体(Cardiac glycosides)

1785年、W.Witheringが水腫治療におけるジギタリスの評価を記載。

 

ジギタリス(digitoxin)

ジゴキシン(digoxin)

G-ストロファンチン(G-strophanthin)

steroidのOH基の数

1

2

5

脂溶性

脂溶性

 

水溶性

吸収

腸管より吸収

 

IV投与

血中半減期

5-7日

1.5日

21時間

排泄

腸肝循環

作用発現時間(IV投与)

0.5-2時間

15-30分

5-10分(速効性)




digoxin


a)ジギタリスの薬理作用と臨床応用

分類

薬理作用

臨床応用

心臓への作用

収縮力増強作用、徐脈、房室伝導遅延、心室性期外収縮、酸素消費量の増大なしに仕事量が増す。心電図では、PQ延長、QT短縮、U波出現、T波の平坦化や陰転、ST盆状下降がみられる。

a)うっ血性心不全:digitalisは蓄積作用があり、中毒を起こしやすいので、血中濃度のモニターが必要である。なお、利尿薬、ACE阻害薬、血管拡張薬などでも同様に効果的である。
b)不整脈:心房細動および心房粗動に用いられる。これはdigitalisの副交感神経増強作用による。臨床症状の改善、入院の減少、運動耐用能の改善では効果があるが、生命予後改善作用は証明されていない。

心臓外への作用

迷走神経刺激作用、腎血流量増加、CTZ刺激による嘔吐作用、血管収縮作用

 


b)ジギタリスの強心作用の機序

ジギタリスの作用機序

心筋に刺激が伝わり、Naチャネル(1)が開口し、Naが流入すると、続いてCaチャネル(2)が開口し、Ca++が流入する。筋細胞内のCa++が増加すると、これに機能的に連動して、筋小胞体(SR)内からCa release channel(3、別名 ryanodine receptor)を通じてCa++が流出する(Ca-induced Ca releaseとよぶ)。

このようにして心筋細胞内で増加したCa++は、心筋の収縮を引き起こす。 一方、増加した細胞質内のCa++は、弛緩期に、Na-Ca exchanger(4)により細胞外へくみ出され、さらにCa pump(6)によりSR内へ取り込まれる。Digitalisは、Na-K-ATPase(5)を阻害するので、細胞内Na+を増加させる。この増加したNa+により、細胞膜は脱分極気味となること、さらに、Na-Ca exchangerの効率が低下することにより、Ca++のくみ出しが低下する。これらのことにより、心筋細胞内のCa++が増加し、心筋の収縮力が増強(強心作用)される。


c)副作用

副作用の部位

副作用

心臓症状

心室性不整脈、上室性不整脈、房室性不整脈など様々な不整脈を生じる。thiazide系利尿薬との併用などで、低カリウム血症になると、digitalis中毒がおこりやすくなる。

心臓外症状

消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)は中毒の初期症状である。これはCTZへの刺激による。精神神経症状(精神錯乱、幻覚、不眠など)や視覚異常などが生じる。


4、話題

心不全のモデル心筋を用いて、筋小胞体(SR)からのCalcium(Ca)の遊離について調べた。心不全において、SR内のCaは著明に減少していた。これは、自発的な局所のCa遊離(Ca spark)によるCaリークと、SRのCa回復もゆっくりであることによる。また、リアノジン受容体(RyR)が、SR外部のCaに対して感受性が亢進することにより、Caリークが増加していることが分かった。以上のことより、心不全では、Caに対してリアノジン受容体の感受性が亢進し、sparkを介するCaリークが増え、SR内のCaが減少するために、心筋の収縮が十分に起こらず、心不全になると考えられた。(Kubalova.K et al, PNSA, 102, 14104, 2005、論文をみる

ACE阻害薬 / ARB、β遮断薬、ミネラロコルチコイド受容体(MR)拮抗薬によっても心不全症状の十分な改善が得られない場合には、ACE阻害薬 / ARBをARNIに切り替える治療が今後の標準になる(安斉俊久、心不全の薬物治療の最前線、2016年9月、記事をみる)。ARNI(アーニィ):angiotensin receptor neprilysin inhibitor(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)。ARNI(アーニィ)はARBバルサルタンとネプリライシン(中性エンドペプチダーゼ)の阻害薬であるサクビトリルとの配合剤(試験段階での名前はLCZ696)で、HFrEF患者(NYHA心機能分類Ⅱ-Ⅳ、LVEF≦40%:2010年12月のプロトコール改訂後は≦35%、BNP≧150pg/mLまたはNT-pro BNP≧600pg/mL、追跡期間の中央値27カ月、8,442例)を対象にした大規模臨床試験PARADIGM-HFにおいて、利尿薬やβ遮断薬、MR拮抗薬などの従来治療に追加したLCZ696群で対照薬であるエナラプリル群よりも、有意に主要評価項目(心血管死+心不全による入院)を減少させた(McMurray JJ et al. N Engl J Med 2014、論文をみる)。BNP(B型ナトリウム利尿ペプチド)値は心臓に負荷がかかると増加するので、心不全の診断に用いられている。


関連サイトの紹介

1、日本心臓財団 急性・慢性心不全治療ガイドライン・エッセンス 

(三木、久野)